3代目六郷鉄橋を行き交う車両メインに地平時代の鮫洲~平和島(旧:学校裏)を~貼りました。
本ページ殆ど借り物のレンジファインダー35mm、確か「Y社エレクトロ」ナントカ。
シャッターストローク深くて、慣れぬナントカ+下手くそ=ボケ、ブレマクリでほぼヤバイのばっかっす。
記憶違いの記載の内容はご容赦ください。そのうち判明したら訂正いたします・・。程度の掲載姿勢・・。
※写真が多すぎて下の方のページ表示まで多少時間がかかること、ある程度読み込まないと他ページへ「ジャンプしにくい」ことをお詫びいたします。
             
-----------------鮫洲駅--------------- 
京急鮫洲地上駅
 ↑鮫洲駅から品川方
京急鮫洲地上駅700系717
 ↑普通到着
京急鮫洲地上駅マリンパーク号600形624
 ↑↓「快特マリンパーク号」通過。快特の種別板も付いている
京急鮫洲地上駅マリンパーク号600形637
京急鮫洲地上駅都営5000形5097
 ↑続いて都の5097F通過(MP号より先だったかダイヤ確認せなあかんな)カビは手が着けられん
京急鮫洲地上駅
 ↑下り快特通過。昔の京急景色  ※右端をご覧下さい
追っかけ普通発車
京急鮫洲地上駅
京急鮫洲地上駅1000形1016
京急鮫洲地上駅1000形1060
 ↑撮影コマを無駄死にはさせたくない店主1060のCP ↓編成のパンタ位置、前面配管の? よく見ると何かある
京急鮫洲地上駅1000形1142
京浜急行400系デハ462
京浜急行400形デハ471
京浜急行1000形デハ1021
 ↑鮫洲で待避の1000一次車同士 
京浜急行1000形デハ1040
------------------- 平和島高架化工事-----------------
京急平和島駅高架工事
京浜急行1000形デハ1184
 ↑上り線は高架を走行中
京急平和島駅高架工事
 京急平和島駅高架工事地平
京急平和島駅高架工事
 ↑↓川崎方取付部工事。よもやこの部分から平和島駅構内に続くS字曲線を時速120kmで駆け上がり、115km/hで分岐器を激走し、
平和島駅を通過する最強恐怖のジェットコースター区間になるとは、この時点で誰が予想できただろうか?
京急平和島駅高架工事
 -------------六郷土手駅------------
京急六郷土手地平駅
↑↓六郷土手駅 一般道は警手が踏切遮断機(帯)を操作していた
京急六郷土手地平駅
京急六郷土手地平駅
 ↑高架化により約60m川崎寄りに駅が移動した
京急六郷土手付近1000形デハ1219
京急六郷土手付近1000形デハ1237
 ↑徐行予告標
京急六郷土手付近1000形デハ1201
 ↑↓徐行制限50km/hの位置
京急六郷土手付近1000形デハ1013
 ↑六郷土手駅 蒲田方 架線柱の駅間速度標にご注目
京浜急行1000形デハ1016六郷土手駅
 ↑六郷土手駅 川崎方 踏切の先は第一場内信号機に思える。
------------六郷橋梁----------- 
京急六郷橋梁600形608
↑↓六郷土手側から上路ガーターに付番があって1~18迄は撮影確認しているが
本流部分のトラスまであと幾つの桁があったのか、24連あったなんて当時そんなことは頭に無かった※下記参照

なんと架線柱が河川敷から立ち上がっている京急仕様??豪雨の時は架線柱にも
川の水とゴミと押し寄せるが、耐え抜いたのか?そんなことにはならなかったのか?
この架線柱番号は「六川5」

↓更に下手くそな、多分パシフィック号の写真しくじり
京急六郷橋梁No18ガーター
京浜急行専務取締役時代に執筆された日野原保様の文献によると
明治44年4月1日に完成した六郷橋梁は支間12.8mの上路 鋼板桁 24連と支間31.2m×6(純径間30.48m=100フィート)
トラス橋で構成され全長515.897m、橋梁の製作会社は川崎造船所であった。
橋脚は煉瓦積み構造。
その後、関東大震災で橋脚に亀裂、沈下、傾斜が入って桁補修を行ったほか、車両重量の増加等で何回か補修を行った。
京急六郷橋梁付近400形417
京急六郷橋梁400形420-8連
同上の文献から六郷橋とその関連の歴史を順に追うと
(1) 明治31年2月25日、大師電気鉄道創立、翌32年1月21日六郷橋~大師間2.0kmを開業。日本初の1435mm軌間を採用した。
   単線開業のため途中、久根崎、池端の2箇所に行き違い設備を設け、電動車3両、付随車2両で運行を行った。
   ※起点を官設川崎停車場としなかったのは川崎停車場と川崎大師間の人力車利用が多かったため、組合に配慮したのと商店街
   対策だった。なお、旅客に便宜を図るため、人力車の官設川崎停車場と六郷橋の間と連絡切符も発売した。
   乗客増で明治32年11月20に同区間を複線化した。※六郷橋は現在の大師線が国道をアンダークロスして急曲線になっている付近
(2) 明治32年4月25日 社名を
京浜電気鉄道に変更
(3)
【第1代六郷橋梁】
   明治34年2月1日に六郷橋~(官設)大森駅に隣接する大森停車場前間を開業。
   六郷川(多摩川)に
単線の仮木橋を架けて、河原に線路を敷設。河原から旧東海道上の国道に併用軌道を敷設して蒲田方面に向かった。
   架橋場所は六郷川の人道橋に隣接した上流側で、下記のア~ウの理由などで55間(100m)の木製仮橋とした。  
 ア) 川崎、六郷地区の有志の共同出資で架設された橋梁があったので、明治32年7月19日
橋を買収※して鉄道併用橋と企てたが
   電車運転に耐えられないことが判明。※明治39年12月に修理の上、政府に献納した。
 イ) 別に鉄橋を架設するべく認可申請したが、研究の結果、困難なことが判明
 ウ) 有志架設の橋に平行して橋の杭位置も同一の位置※にした木造橋として第1代六郷橋梁となった。
    ※脚が多くなって川の流れ妨害の観点や地盤、認可の関係で同一位置にしたと思われる。
   ※増水時は河原が水没して運休せざるを得なかったと思われる。
   ※操業区間の名称は本来「本線であろうが」正式に大師線となったのでは?
(4) 明治35年9月1日大師線の起点の六郷橋、川崎間1.9km※を開通させた。
  ※官設川崎停車場隣接では無く、また線路の敷設場所は変遷しています。

(5)【六郷橋梁改軌】
  明治37年3月1日軌間を東京市電と直通乗入をするべく、1372mmに改軌した
(6) 明治37年5月8日 品川(現:北品川)~八幡(現:大森海岸)間開通。
  大森停車場前~八幡間は支線化、昭和12年3月8日路線廃止
  高輪(現:品川)~北品川は大正14年3月11日開業、併用軌道もあったが、ほぼ現在の路線となった。
(7) 明治38年12月24日 川崎~神奈川間10.0km開通 
(8)
【第2代六郷橋梁】
  明治39年10月1日 六郷橋梁の位置を現在の六郷橋梁に平行する位置に変更し、取り急ぎ※複線で仮木橋化した。
  明治38年9月変更許可
  ※品川~神奈川間全通による川崎駅構内配線変更、六郷橋~学校裏(平和島)の専用軌道化を考慮して、仮木造橋で輸送改善を
   行った。この時期に大師線の川崎、大師両駅のループ線廃止した。とあり、すでに「枝・支線」となっていたようである。
(9)
【第3代六郷橋梁】
  明治42年5月に工事準備開始した六郷橋梁は明治44年4月1日に支間12.8mの上路鋼板桁24連と支間31.2m×6(純径間30.48m=100フィート)
  のトラス橋で構成した全長515.897mの橋梁が完成した。
(10)【六郷橋梁再改軌】
  昭和8年4月に本線を1435mmに再改軌した。
  東京地下鉄道と直通計画が「本当の主理由」※だったが、現実は五島慶太による計画強奪で挫折。
  改軌理由を「湘南電鉄と相互乗入理由が主」としただけの著述も多い。
  ※230形(湘南デ1形、遅れて京浜電鉄デ71形)は東京地下鉄道との直通運転を考えて東京地下鉄道1000形と車両規格を揃えていた。
(11)
【第4代六郷橋梁】
  昭和47年3月31日上下線で新六郷鉄橋の使用開始。3代目橋梁から10.5m上流側となる。
  六郷土手第一踏切立体化と六郷土手駅の高架化(60m川崎寄に移動)工事を伴いながら、S46.6.27上り線、S47.3.31下り線
  が新橋梁使用に切り替えられた。第3代目の橋梁の寿命は満61年に1日足りなかったと記されている。
  第4代目となる新橋梁は支間65.82m×8スパン、幅8.5m耐候性鋼板使用のトラス橋で全長550.56m、重量約1,800t、
  製造所は東京寄りから第1,2連が横河橋梁、第3,4連を宮地鉄工所、第5,6連を東京鉄骨、第7連は川崎重工、第8連が日本鋼管。
  橋脚は鉄筋コンクリート製、橋脚本体は直径3m、張り出し幅11.5mのT形7基、両端に直径4m2基。
  基礎工事は昭和44年10月3日から45年8月15日、架設工事は45年10月1日から46年3月10日まで。
  架橋工法はカンチレバーエレクション工法、ステージング工法。橋梁部分の費用は約7億5千万円とある。
京急六郷橋梁400形420-8連
 ↑↓オールノーシルノーヘッダー421以降の2連×4本で組成の海水浴特急8両編成
京急六郷土手400形420-8連
 ↑品川へ 久里浜へ 433号
京急六郷土手400形420-8連
京急六郷橋梁400形420-4連+440or470
440or470と421以降の2連×2
京急六郷橋梁400形420、437+440or470の8連
↑440or470と437F?+414の8連
京急六郷土手600形625
京急六郷橋梁1000形8連
 ↑4連×2
京浜急行1000形六郷川橋梁
↓カビ、ピンボケ見本。本来ボツ写真だが1096らしきで
往復ともこの写りとカビでは泣くより悲しい久里工入庫か??堀之内止まり
京浜急行1000形六郷川橋梁
京急六郷橋梁1000形1098-8連
 ↑上に比べれなこれはナントカの1098
京急六郷橋梁1000形2+2-8連
京急六郷橋梁700系706
 ↑当時の制限速度は83km/hやけに半端な数値だが、限界まで速度を上げたかったと思われる。
京急六郷橋梁700系714
京急六郷橋梁700系722
京急六郷橋梁1000形1118
京急六郷橋梁1000形1178
 ↑1178-2連増結 「H」だからホロ貫通編成
京急六郷橋梁1000形1242
城ヶ島マリンパーク号京急六郷土手1000形1206
京急六郷橋梁1000形1212
京急六郷橋梁京成3200パシフィック号
 ↑特急 パシフィック号
 ↑4代目六郷橋梁
六郷川橋梁六郷川築堤
京急六郷橋梁京成3126成田山号
特急 成田山号とあるが京急線内は「快特」
逗子号京急六郷橋梁京成3132
特急 逗子号
京急六郷橋梁都営5000形5036
京急六郷橋梁都営5000形5084
京急六郷新鉄橋
旧橋梁解体中遠景
 ------------京浜(急)川崎---------
京浜急行400形デハ429 荷電
荷電は400形に代替わりしたがS48.9で廃止された。
京浜急行400形445
京浜急行400系デハ469
 ↑↓460系の更新前後車による8連
京浜急行400系460新旧更新車連結部
京浜急行700系デハ731
京浜急行1000形デハ1119
都営5000形5073
 ↑↓ネガのカビで・・・。トリミングも限度が
都営5000形5081
京成車京急乗り入れ成田山号
京成車京急乗り入れ成田山号
 ↑↓快特種別板有無の「特急成田山」号
京成車京急乗り入れ成田山号3249
             
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