京福福井支社の各路線 丸岡線 当時の線路を訪ねる
本稿作成にあたり、新潮社刊:日本鉄道旅行地図帳6号 北信越編、鉄道ピクトリアル私鉄車両巡り特輯Ⅲ 京福電気鉄道 藤原寛様著(鉄道図書刊行会)、同295号京福電気鉄道福井支社 藤井信夫様著、同701号京福電気鉄道福井鉄道部、岡本英志様、世界の鉄道'75(朝日新聞社)を参考にさせて頂きました。御礼申し上げます
印は地図と空中写真で線路(跡)を巡ります (2020.06) 
京福福井支社その1へ 
比島~発坂間、車両-1
京福福井支社その2
車両-2
永平寺鉄道
永平寺~金津間
三国芦原電鉄
東尋坊口駅まで
勝山~京福大野間 
越前全本線の重なる事故
 
 丸岡鉄道
+福井大震災空中写真
福井口付近で撮影した国鉄列車 1991.07   福井鉄道鯖浦線
尾小屋鉄道
北陸鉄道能美線
京福京都支社 嵐山線  京福京都支社 叡山線  日車の兄弟車両
丸 岡 鉄 道 
丸岡鉄道線路図
丸岡鉄道本丸岡~丸岡間1966年
 丸岡鉄道 本丸岡駅の疑問
↑大正4年6月22日、762mm軌間、蒸気機関車で開業した丸岡鉄道第1期開業区間昭和5年に改軌と電化を行った。
本来、丸岡市街
↓↓は天正4年(1576)柴田勝豊が丸岡城を築城した城下町で、写真のとおり、街の規模は大きい。
今で言う自衛隊の駐屯地みたいな兵士(武士)の住居も多数あったのではないか。
鉄道趣味の御陰でこんな事まで学ばせて頂いて。←丸岡町の勉強する気無し$(_ _)$
国鉄と離れていたため、丸岡鉄道が大正4年に軽便蒸気で開業、
本丸岡~丸岡間の国鉄連絡で住民の便を図った。
しかし、店主、謎の本丸岡駅は当初、直線状の終端駅であったはず。
昭和4年開通の永平寺鉄道が
新丸岡駅と直線形状でで駅を設置したが、直線で延びていた本丸岡駅を丸岡鉄道側が事前に、永平寺鉄道と協定して永平寺鉄道開業までに、自社の昭和5年5月予定の改軌・電化工事に合わせて、曲線状にして永平寺鉄道に駅舎を譲り、駅舎と連絡線を設置するために変更したと想像される。
丸岡鉄道、永平寺鉄道、京福電鉄福井支社、丸岡町の1952年の空中写真
丸岡鉄道 丸岡~西長田間1966年
↑丸岡鉄道第二期路線丸岡~西長田間。当初から1067mm電化で開業。
穀倉地帯そのままで、集落と集落の間に東長田駅を設置したのが判る

決して中間駅で利益が出る路線とは思えない、小さな2つ集落ではある。

丸岡鉄道が丸岡城下の住民を東尋坊に行く便を図ったのか
否、国鉄の列車数が少なかったから三国芦原電鉄で福井に向かわせる便を図ったのか
それとも、三国地区の住民が決して明かさない、極秘の住民参勤交代の便を図って敷設したのか?

しかし、S41撮影だが、温室は未だ未発達なのが良くわかる 
 ↑丸岡線 新福島停留所が記載されている地図
昭和23年6月28日発生の福井地震について
福井地震の丸岡町被災状況1948.06.29空中写真
 ↑福井地震で街が全壊状態の丸岡町。震災の翌日付の空中写真
1948年(昭和23年)6月28日午後4時13分頃M7.1の直下型地震。

↓本丸岡駅部分を拡大。駅舎や家屋が倒壊して線路に様々な物が。
福井地震翌日の本丸岡駅被災空中写真
印は地図と空中写真で線路(跡)を巡ります (2020.06) 
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永平寺鉄道
永平寺~金津間
三国芦原電鉄
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 丸岡鉄道
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福井口付近で撮影した国鉄列車 1991.07   福井鉄道鯖浦線
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