【京浜電鉄歴史】
生麦駅 急行運転用待避設備の新設他

2022.11.11 Ver1.05 補訂
 ↑当初の生麦停留所
踏切を挟んで上下ホームが設置されている
京浜電鉄の繁華街に位置する初期の駅舎は此の形式がかなりあった(ように思う)
赤線は新設車庫線路の予定
急行運転用 待避設備新設
(右から)生麦停留場の待避設備工事の申請と生麦、仲木戸停留所決裁文書(鉄道省)、生麦、仲木戸停留所工事竣工届
S11.06.08に申請してS11.12.24に認可が下りた。工事は同日に竣工届が出されている(注:書類の年月日が全て同じ) 
※出村、生麦、各駅のホーム長は基本36mに統一して建設され(仲木戸32m)、 翌12月25日から急行運転が開始された。
 ↑車庫線の黄色の線路をほぼ下図↓のように改良
※下図は最終改良申請図でポイント分岐角度8番化(下り浦賀方6番↓)や図面上、品川方の配線変更等があった。
 ↑副本線設置申請の図だが
図をよく見ると踏切を挟んでいた上下ホームが下りが川崎寄りに移動している。←調査中
下り線はそのホームの一部を活用、上りホームは車庫入出庫線を移動させて新設
 ↑36mホーム上下線待避線完成予定と生麦車庫配線変更図
 生麦驛(「停留所」と記載していない)全体図
↓もう少し拡大
 さらに分割して拡大
本線←→副本線のポイントの分岐角度が大きくなっている 
   ↑品川方 
※白線:存置、黄色線:撤去、赤色線:新規敷設
↓横浜方の図 ホームが品川方に移動した。 
=====信号配置表=====
=====改良が続く生麦停留場=====
↑申請が出され ↓のようなやりとりが数度あって
↑メインのホーム嵩上げは認可となった。他の駅も嵩上げ中で別項を予定
信号所の移転理由は建築時に判らなかったのだろうか
 ======昭和15年 車庫と共に大改良======
↑↓此の申請の時点では上りホームと車庫は別途申請としている
 ↑↓上下線と車庫線をまとめて改良する申請を出した
 ↑↓ホームを60m化したが上下とも品川寄に移設
車庫の引き上げ、入出庫線が撤去され、品川方になった。
 ↑下り浦賀方分岐8番化
↑ 推測ではあるが、誘導信号機があるので、
2連2本停車同一ホームで車両交換とかあったのか 
トラバーサーが撤去され、留置線が短縮された。
庫内のポイントは6番化。
以下調査続行します(苦笑)
 京 浜 電 鉄 歴 史 探 索(京浜急行電鉄も)
※全項目、資料等発見次第、随時補訂しています。各ページVer.Up年月日でご判断を
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