江 ノ 電 (ハナタレ小僧の写真帳~2010年代) Ver1.02(2018.02.10) 
 本ページは鉄道図書刊行会「私鉄車両めぐり特輯第3輯」今城光英様、「アーカイブセレクション」33号小蔦達夫様・飛田康行様、
「鉄道ピクトリアル620号」高島修一様執筆記事並びに朝日新聞社刊「世界の鉄道'73」を参照させて頂きました。御礼申し上げます。
 
 江ノ電1000形1001F
世代交代の新車1000形連接車が投入された。新車整備中の背後で300形351+301が活躍
 100形
 江ノ電100形108号、110号
  ↑↓ 100形現役で活躍の頃。108、110号江ノ島の側線で休憩中
  終盤は続行車として活躍したと言われるが実際の運転を見たことが無く残念。
左の110号は1973.06玉電出自の602号にモーターを供出して廃車となった。
 江ノ電100形108
藤沢方の前面にエアタンクを付けているのが特徴
都7506保存車。メーカーによってか?こちらも前にエアタンク
 江ノ電100形107号
 ↑さよなら運転を前にお化粧し直し直前の頃エアタンクが移設されたのか無い。107は反対側だったりして・・・。
 江ノ電100形107号
さよなら運転最終バージョン。右側の煙突を入れてみました。
100形諸元・履歴  
形式  車番  竣工年  製造所  出力(kw) 備    考  以降 
101形 101  1929.03 雨宮製作所 37.5×2 客窓一段下降式   連接化302-352に改番
※当初2車体とも302
102 
103  連接化303-353に改番
※当初2車体とも303
104 
105形 105  ↑  川崎車両  29.8×2  ↑+高床式、折畳ステップで就役
後に車内ステップに改造 
 
106形 106  1931  新潟鉄工所  37.5×2 客窓:2段上昇式
方向幕:左側、警笛:ホイッスル
 連接化304に改番
107 
108
109  方向幕:中央,警笛:タイフォン   連接化354に改番
110 
 譲受車(Ⅰ),(Ⅱ)  旧所有/車番  新製年/製造所 備  考   
111形 111  西武31  1924.9
汽車製造(木造)
 37.3×2   1934.05西武より譲受→1948廃車。111台車→201(Ⅰ)  
112(Ⅰ)  西武32  112(Ⅱ)へ走り装置供出
112(Ⅱ)  王子 都交  1927元車番製造所不詳  1953.08.30車体に112(Ⅰ)の走り装置取付
202(Ⅱ)と連結車化。1955.10~1956.8頃に
201(Ⅱ)に改番 →連接車306へ 
113形  113(Ⅰ)  池上3   目蒲15  1922.05
日本電機車両(木造) 
 37.3×2  1938目黒蒲田電鉄より譲受
→1949北陸鉄道に譲渡 
114(Ⅰ) 池上4  目蒲16 
113(Ⅱ) 王子205  都交154  1927田中車両    都交261(西武新宿軌道線41),262(同)42の台車を組合せ。  
 連接化301-351に改番※当初2車体とも301号
114(Ⅱ) 王子206  都交155  1924汽車製造  
115形 115 武蔵中央電軌6  1929.11
 日本車輌(鋼製)
26.0×2   1938武蔵中央電気鉄道より譲受※1 1957.7栃尾鉄道栃尾線
に譲渡ホハ23→クハ111
116形   116  玉川31 東横31  1925
日本車輌(木造)
37.3×2  1939東京横浜電鉄より譲受 台車、電装品を連接車に流用
廃車116不詳、117:1957.03
117  玉川32 東横32  
200形 202(Ⅰ) 納涼車両114→1949東京横浜製作所一般客車化。※113も同時に同改造201(Ⅰ)に1956.06廃車     29.06.22.202(Ⅱ)の車体に載替
202(Ⅱ) 王子218  都交173   1927製造所不詳   静岡鉄道モハ31台車(1947.09譲受)利用。 112(Ⅱ)と連結車化→連接車356
※1 武蔵中央電気鉄道は1929年部分開業し、1938.6.1に部分廃止、京王電軌に吸収、1939年廃止 となった会社で車両は10年も稼働していなかった  
※2 1955.07全駅のホーム扛上工事終了。客扉乗降口に車内ステップのある車両は撤去して客室と平面化を行った。 
 107号保存車 (鎌倉海浜公園由比ヶ浜地区公園内保存)撮影2012年
 江ノ電100形108保存車
 ↑2枚引き戸
 江ノ電100形108保存車台車
 江ノ電ポール100形108号保存車
 300形
 江ノ電300形301F
 ↑301F 前照灯が上に位置し、菱枠+Zパンタ時代 自連NCBⅡ化後
 300形連接化
編成   連接化    連接車旧番 連接化直前タネ車車番  備考   廃車(対応投入新車)
藤沢方  鎌倉方 
301-351  1956.04.06  301-301  113  114  連接面切妻化、客扉1枚化、連接側客扉を窓1枚分中央寄に移設。 都交154,155号  1992.03(2003+2053)
302-352  1957.03.03  302-302  101  102   同上+運転台中央窓拡幅  1998.03(10-50)
303-353  1957.03.13  303-303  103  104    同上  2008.03 (502Ⅱ-552Ⅱ)
304-354  1958.03.13  - 106  109   同上+新車体形状:前面曲線切妻化、側面は乗務員扉取付等ほぼ新配列、張上屋根化  2005.09 (501Ⅱ-552Ⅱ)
305-355  1960.05.19  京王200形台枠改造、車体、台車新造   東急車輌で同上+客窓上段Hゴム化スタイルで新造  2018.02現在稼働中
306-356  1968.09.10  201(Ⅱ) 202(Ⅱ)   連接車か連結車かの検討で1955.10.31連結車化されて稼働した後、連接化
連結化前の車号112(都交150形)+202(都交170形)で車体形状相違
 1991.03 (2002-2052)
連接車の車番は「運輸省1959.11.11付通達:車両単位で算定」で藤沢方0番台でそのまま、鎌倉方50番台に再付番  
300形改造履歴表(1974年中心) 
 ※← →印は関連からほぼ同時期との推測記号
(重)は重連対応工事  301F  302F  303F  304F  305F  306F   備考
301  351   302 352  303   353 304   354 305   355 306   356
集電装置Zパンタ化(S39.2ポール廃止) Z  × ×   Z ×  ×   Z ×  × 
菱枠パンタ PT33G交換年  S48   S46   S47   S46   S47   S46   S48  S46   S47   S46   S47   S46 (一舟シュー)玉電譲受 
(重)乗務員扉、運転室区分仕切設置  ほぼ同時期? 1971.06  1972.08  1973.02  1972.11   
(重)鎌倉方50番代車にパンタ増設 →  ほぼ同時期?→ ほぼ同時期?→  1971.02  ほぼ同時期→  1971.06  玉電使用品PT-33G 
側窓アルミサッシ化 1974.4  1975.01   1980.10 1988.05 未施工  
保安ブレーキ新設  1976.03  1977.04  1977.07  1977.05   
前照灯腰部2灯化 →  ほぼ同時期 1979.09  1980.01  1980.12  1968.09.10
方向幕取付 
 
ATS、速度計、補助電源新設   1980.11  1980.12  1980.11  1980.12   
暖房機新設 →  1981.09  1981.08  1981.04  1980.12  ←   
客用ドア鋼製化  →  1981.08  1981.07  1981.10  1981.11     
客用ドアSUS化  →  1985.12  1986.08  1986.10  1986.08  未施工   
扇風機新設付  ほぼ同時期? 1986.08  1986.08  1986.06   
客窓保護棒取付 1988.08 1988.08 同時期? 1988.07  
■集電装置の変遷:開業時ビューゲル→ポール(連接車は各車端部)→Zパンタ(連接車は藤沢方に1台のみ)→鎌倉方にパンタ搭載(1971)→藤沢方パンタ化
 ※PT33G交換後50番台車は1~2年でPT52TEに換装、その後1~2年で2舟化。0番台車も順次PT52TE2に換装している。
■重連対応改良:連結器1970~71年に京急譲受のNCB-Ⅱに交換、制動電磁弁付きSMA化、玉電譲受のパンタ鎌倉方車両に搭載 
■連接車2連(重連):1971.6.16予定→延期→6.21開始(腰越駅鎌倉方1編成締切扱) 
        
<平成の車体更新の状況> 
 冷房化は荷重が増加するため、車体、台枠、台車の耐荷重を増加させる必要があるので台車は交換となった。
 
303-353 1992.04 張上屋根化、運転室方の客扉を客窓を1個新設して中央寄りに移設、更新済みの304.305と扉位置を合わせた。
冷房化、台車(端:TS837、中:TS838)、台車交換による車輪径拡大(径762→860mm)、
制御器、主電動機交換(TDK-8005-A/50KW×2)、カルダン駆動化
304-354  1991.03  冷房化、台車(端:TS837、中:TS838)
制御器、主電動機交換(TDK-8005-A/50KW×2)、カルダン駆動化同上(台車交換前の車輪径は不明)
305-355 1989.12   同上※台車交換による車輪径拡大(径840→860mm)
 江ノ電300形301F
↑↓301+351  
車体更新後:前面中央窓の大きさは変更されず、前照灯を腰部に移設し2灯化、301は菱枠パンタに交換。戸袋窓のHゴム化が行われた、 
 江ノ電300形351
 ↑↓301+351 
連接部の車体裾部のせり上がりカーブがすごい。試験改造なので、点検しやすいようにしたのか?
都交より購入→上下を組み合わせてS28.03.04付単車として運用→連接化S31.04.06
車体は都電154、155(元、王子電気軌道205,206)を利用、台車は都電261、262(台帳上:元西武新宿軌道線41,42)を
組み合わせて単行運転用に2両を製作した。約2年運用された後に連接化された。
連接化当初、江ノ電は付番を2両で1両と考えたらしく、車体番号は双方301で、西鉄市内線のように301A,301Bのようなサフィックスが無かった。
運輸省がS34.11.11付通達で「車両の算定は車体ごとにする」となったので301+351と改番された。

上記に近い場所2018.03
 江ノ電300形301
 江ノ電300形301+302重連
301F前部と連接部の車体裾状況+302F 
301Fは全長24,754mm、352Fは24,450mmと30cmの差だが、302Fは連接部の客扉位置と窓配置が違うため、見た目の車体長がより短く感じられる。 
 江ノ電300形重連
↑301F+302F 
↑↓2両編成(重連)の写真で見る車体高さの相違
撮影時の801Fの車輪径840mm、302Fが762mmと小径で径差78mmだがそれ以上に両車の客扉下高さが違うように見える・・・。

境川橋梁も今日では立派な橋梁に掛け替えられて撮影するには残念な状況となった。
 江ノ電300形352
301Fに比較して302Fから前面中央の窓が大きくなった。当然両脇の窓は小型になる。
 江ノ電300形資生堂サンオイル色
 ↑↓301F+306F 資生堂サンオイル容器のイメージの金色に塗ったくりの頃。 
こんな塗色を以降も連発、跋扈で江ノ電は撮影したくない。と足が遠のいて数十年・・・。
しかし、連接車のジョイント音が良いので、たまに酒飲んだ帰りに藤沢迄行って江ノ電で
江ノ島辺りからガラガラになる車内で鎌倉まで走行音を堪能していた。
 
 江ノ電300形資生堂サンオイル色302
 ↑七里ヶ浜駅直近の鉄橋カーブによる先頭車偏奇状況(←左側注意)と台車。
ブリルぽい台車の軸ばねをコイルバネ並列+オイルダンパの豪華仕様に改造して使用
 江ノ電300形302改造台車
 ↑ライト以外に車輪内側も反射で光る
 江ノ電100形108,300形303F
303F(1舟パンタ)と108号  元は100形なので302Fと同じだが撮影時、前照灯が屋根、ドア木製、尾灯等原型。
 両車パンタグラフ化連結器はNCBⅡになっている。江ノ島駅留置線は4本あった。
↓2018.03現在、3本になった留置線。帰線電流絶縁継ぎ目番が黄色く目立っている。
 江ノ電300形304F
  ↑↓ 304F(304+354)1舟パンタ+Zパンタ 
  車体をぼぼ一新の連接化。連接改造車の中で一番早く乗務員扉も取り付けられた。
 ウインドヘッダーとシルが付いている。パンタとZパンタ装備時代
 江ノ電300形304F
峯が原信号所 304F
2018.03現在PC枕木化
 江ノ電300形305F
  ↑  鎌倉高校前駅付近の踏切拡幅前305F(305+355)自連NCBⅡ化後
 ↓鎌倉高校前
 ↑パンタが交換されずに残る状態はそろそろなのか
 江ノ電300形305F
この車両は当時流行のバス窓になった。前照灯移設前、連結器はNCBⅡ以前の小型の自連。
連結胴器吊りもアングルもカワユイ。連結器首振水平保持円弧バーもよく見える。
 江ノ電300形305F資生堂サンオイル色
 ↑前照灯腰部移設後、上部前照灯を埋めた後や車号上書きペイントが生々しい 。連結器はNCBⅡに変更されている。
 江ノ電300形306F
  ↑↓306F(306+356)小型自連
前面は金太郎塗分乗務員扉無+方向幕時代。続行運転していないのに白円盤付けっぱなしのルーズ時代
連結車201+202として活躍の後、最後発で1968年重連対応用に連接化された(305Fの8年後)が、
1991年連接化車両のトップを切って廃車となった。2番目は同年に連接化された301が翌年1992年に廃車
当初は方向幕を付けたが、終着の前駅で極短い停車時分の中、行先替えが必要で更新時に撤去された
 江ノ電300形306F
 ↑自連NCBⅡ
 江ノ電300形306F
方向幕撤去+乗務員扉新設後(乗務員扉用手摺取付) 金太郎塗りは標準塗りに変更。ATS車上子付
車体更新後も前面中央窓と両脇の2段窓(上段固定、下段上昇)はそのままだった。

2018.03現在の同じ場所
重連用連結対応 
重連になると先頭車同士の首振り角が大きくなって通常各社の前面両端の位置ではエアホースやジャンパ線が伸びきってしまう危険もあるので
連結器の両サイドにまとめて 連結器と一緒の動きとする方法がとられた。
その後、連結器の上部に小型電気連結器箱に集約する方法になり、走行装置一新で電気ブレーキ化された車両は密連の下に電連を下げる方法と変遷している 
江ノ電連結器 江ノ電連結器
301 ↓305 (藤沢方) 302 ↓ 306(鎌倉方)
江ノ電連結器 江ノ電連結器
連結器の変化 
江ノ電連結器 江ノ電連結器
552号 当初の小型密着自連(非常牽引用?)首振水平保持+吊下支えガイドレール付
552号重連装備前面下部に切り欠き入れてNCB-Ⅱ化連結胴受けを上吊り形とした
江ノ電連結器 江ノ電連結器
↑305号当初の小型密着自連。↑の重連対応を連結器を経て→になります。
  ↑305 駆動装置、密連化電軌連結器一新。下胴受けの支えがゴッツくなった。
江ノ電連結器 江ノ電連結器
  ↑NCBⅡ用の小型電連自連 整備中?箱押出用のレバー未取付 1001号藤沢側
連結器の上部に箱載可能なように連結器の制作時に特殊な鋳込みをしている
使用開始後 連結後にレバーで電連を押し出して未着させるようだ
グリスの塗り方かそれとも連結器の肉を少し削ってる
? 
江ノ電連結器 江ノ電連結器
NCBⅡ用の小型電連自連  1052号鎌倉側 切欠きが1002の直線と違う。
連結時隙間が変化するので鎌倉方の電連箱が隙間に合わせて前後動する 
 密連化される。電連も下に移設された
密連の空気管は非常制動用の1本のみ
江ノ電連結器
 ↑判る方には!!の拡大。 密連現在最終形。電連箱が下部になり、上下動で当たりを避ける前面の切欠きに鉄板を貼り,切り欠きが無くなりました。
500形 
 江ノ電500形初代501F
   ↑↓501F(501+551)
江ノ電といえば店主はこの車両。登場当時は両開き扉、セミクロスシートの豪華仕様だった。
前面中央窓は登場当時の写真では周囲にRが付いて正面は円熟した顔立ちであった。
ポール時代はポイント部のポール紐の操作が必要だったので中央窓は下降出来たのだろうが、撮影時点ではワイパーが付いて固定窓化
店主的に江ノ電と言えば、この車両というほど優れたデザインだった。
500形諸元 
  当初車番  製造年   製造所 備   考 
501-551  501 1956.06.25  東洋工機  新造車だが、201(Ⅰ)、115.117等の廃車部品も流用 
502-552  502  1957.03.13  東急車輌 
 連接車の車番は「運輸省1959.11.11付通達:車両単位で算定」で藤沢方0番台でそのまま、鎌倉方50番台に再付番 
 江ノ電500形初代501F551
 江ノ電500形初代551号,552号
 ↑552の前照灯の両サイドは当初タイフォンだった。運転台に雨樋が付いている
551のヘッドライトが近距離の路面を照らすようかなり下向きにデザインされている
両車とも続行運転用の白円盤付けっぱなし。ちょっと??な運転であった。
夏場の乗務員はUVカット眼鏡も無い時代だったので、ほぼ全員濃ゆいサングラスを着用していた。
海のギラギラもまぶしかったのだろうが、今は世間は理由はどうでも許してくれない。
※雪国の地方鉄道も着用が多かった。白い世界の反射を見続けるのは大変な眼精疲労になる。
 江ノ電500形初代501F検修中
 ↑板金を含む入場検査中。 
↑↓500形はジャンパ栓受けがナンバーの高さにあって、重連時は相手の連結器下にある栓受につなげた。
  栓の高さを上げることでジャンパを長尺化し、曲線の偏奇に対応できる長さが確保されている。
 
  ただし車体長が25.2Mと他連接車に比較して長いので500形同士が組むことが原則無かった。
  その後、目も当てられない前面窓5枚化工事と走行装置の一新で密連、電連化され、ジャンパ栓受けは撤去された。
  乗客も増え経営環境も好転。冷房化するより1000形以降の高性能車を導入した方が得策と、人気もあるので、
 その他取って付けた理由で廃車になった。と店主想像。
 この2編成だけは305と同様に改造し、前面を元に戻して活躍させて欲しかった。
 江ノ電800形801号,600形601号500形502号
連結運転出来ない801、601と共に。全車ATS車上子付。車庫は全面改築大型化されシャッターも付いて、このような写真は撮影不可となった。 
 江ノ電500形初代551
鎌倉高校前駅を出発 電連+密連で連結器首振+支えガイドが耐重量化され、ガイドのカーブ状況が判る
 江ノ電500形初代552
腰部に前照灯を新設した。上部の前照灯を板で塞ぐ不粋な状況も一時期あり、その後ケース自体が撤去された。
 さらに500形は1984~85にかけて左右のR窓が非冷房のため、通気性確保で2分割の開閉形アルミサッシになり前面窓数は江ノ電最多の5枚窓になった。
 そんな写真イランわ。てなもんで
 (本当は持ってない-苦笑)
 車体長から同型式で原則、重連が出来ないのが最大の難点で全列車重連運用時は300形と組んだ。
 江ノ電小峯信号所
501Fと304Fの交換
ソフト修正  夜景はプリントすると異様にインクを使用するので・・・。まぁ、画面の鑑賞で我慢。
 600形
 江ノ電600形603F
 ↑603F
600形諸元 
  601  602  603  604 
東急最終番号   デハ87  デハ88  デハ89 デハ90 
江ノ電竣工   1970.08 1970. 
 当初主電動機流用 電2号×2  110号×2    
主電動機(歯車比)  37.3kw×2(3) 44.7kw×4(3)  63.8kw×2(3.2) 50kw×4(3.37) 
 定格速度(定格引張力kg)  30(1,020)  30(2,040) 42(1,120)  41(1,800) 
 車体長(自重t) 13,900(19.5)  13,900(21.7)  13,900(19.5)  13,900(21.7) 
【入線時改造】
2両固定化(両端客ドアを中央寄に後退改造、連結側運転台撤去、自動扉化)
台車改軌1372mm→1067mm 
新塗装色(金太郎塗り→直線塗り)
偶数車のパンタ位置変更
 連結面にあった鎌倉方の偶数車のパンタが1972年、上昇下降の操作の関係から運転台側に移設された。
■藤沢高架駅取り付け部線路勾配対策
 1973年6月(入場)で602、同年10月(入場)で604を4個モーター化
 602は2個を外し、100形110と105の主電動機DK31A(44.7kw)を取り外して4個モータ化、
 603に静岡鉄道から譲受のモータを取付取り外したTDK583(37.5kw)-2個を追加して4個モータ化した。 
 
 江ノ電600形603F
 ↑お輿入れ時、このニューカラーは前面が金太郎塗りだった。ATS車上子非設
しかしパンタ摺り板の粉と制輪子の鉄粉が車体に付着して汚損が目立つので
たった18ヶ月後の定期検査で標準色に再塗装された。604のパンタ位置は移設前 
 江ノ電600形604号、602号
 ↑パンタ位置を鎌倉方に移設後。↑↓雨樋が取り付けられた。
 江ノ電600形603F
 江ノ電600形604
603+604 (車体更新後) ATS車上子付
外見では前照灯の腰部移設、前面中央2枚及び側面の戸袋もHゴム化された。制御器箱は出力向上時に交換されて大きくなった
連結車として活躍したが、車体長が13,920mmと大きく、4連で55,680mm、連接車の最大長306Fの24,975mm+次位の301F24,754mmを
仮に連結したとすると合計差は5,951mmと約6mもあり、編成長さと制御器の相違から300形と併結も出来ないため淘汰の対象となって
1990年に廃車。 
 800形
 江ノ電600形601号、800形801号、500形502号
  ↑801F(801+802) ATS車上子が見える
山梨交通モハ7形として1948年に増備の形で2両が汽車会社東京支店で製造されたが、1962年6月30日で営業廃止となり、翌年、上田交通に引き取られ、
丸子線用の車両として「モハ2340形」として稼働した。しかし、中央東線の複線化の路盤提供も含む営業▲諸事情で1969年4月20日を以て丸子線が廃止され、
江ノ電に引取られて1971年に800形801+802として稼働を開始した。就役時、主電動機を編成で半減させていたが、藤沢高架化取り付け部の35パーミル
の運転に支障の無いように1973.8に802のみ4個モーター化して制御器が追加され、801の制御器と総括制御になり、パンタグラフも再搭載された。
1975年に3扉化されたが、編成の収容力は大きかったが、連結車体長で編成×2=不可、他車と重連不能のため1986廃車。

山梨交通時代の運転電気特筆されるのは[へそ]にあった前照灯を昼間は取り外して運転していた。
車内に収納していたのか?夜間の折返しは取り外して進行側に付け直していたのだろうか。前照灯製作代金を節約していたのか?不思議すぎた会社。
 江ノ電800形801
中央ドア新設でドア両サイドの窓は見た目、幅が1.5倍程度に変更された。鋼製、どこぞの会社の廃品改造かも??
 戸袋側の窓(写真左)は当然固定、右は開閉可のように見えるがはて、実際は?保護棒は通しでデザインを考慮している。
 両端の扉は木製で端に木?
柱で扉の強度を増強した珍品ちゃぁ珍品のドア。
 スピードメータの発電機を2エンド側の台車に取り付け。 パンタを藤沢方に移設したので屋上に母線パイプが這っている。
 
 江ノ電100形108号、300形304号、800形801号
 ↓現在の車庫
 1000形
 江ノ電1000形1001F
  ↑↓1001F(1001+1051)
1979年11月、極楽寺車庫に新車が搬入される。何故か年内就役を超急いでいる印象だったような風だった。
設計は東急車輌のデザイナーがメインだったので(最終的に会社承認という意味)、前年登場の京急800形のデザインを多分に取り入れた
車両になっていた。
翌年に前1年間に新形式として登場した車両を投票と審査で選考される鉄●●●会の「ブ●ル●ボ●賞」が贈られた。
何時頃とは言わないが、投票権獲得のためか?新車を登場させた●●の●員が何故か増えるという過熱現象も起きたことも仄聞した。
問題になったようだが、この年はこの車以外めぼしい車両が無かった。
前年の某急800形は強敵がいて「●ーレ●賞」だった。同じ通勤車でオカシクねぇ?と店主は違和感を覚えた。
さて、500形が非冷房で両脇の窓を改造(1984~85)したのに、この車はもうすぐ冷房付けるから数年我慢してくれだったのか?
1001Fは1985年1002Fは1986年冷房機取り付け。それまで、乗務員室の通風は乗務員室窓と電気扇のみ。相当暑かったのではないか?
両サイドをアルミサッシ上昇2段窓化(下降式はライトハウジング障り)すると、ナカナナカの風貌になったのでは??
 江ノ電1000形1001F
 江ノ電1000形1001F
この台車は京急800形の流れは入っていません(笑)
外面の主要構造は京急吊掛車用最後の新型台車東急車輌製TS806コイルバネ台車を簡素にアレンジしたような構造
 
急曲線対応で車軸間隔を短くするため、モーターを台車外枠に懸架する構造のため台枠が長い
 ↑連結部空気管と電纜は向きを変えている。主電動機がない分台枠はサッパリ短い。
 ↑ヌカヌカCPは新品なのか?
 江ノ電1000形1001F
 ↑1001F 今となっては貴重な窓全開 ↓1002F
 江ノ電1000形1002F
 江ノ電1000形1002F
 ↑その後冷房搭載となる。
 江ノ電1000形1052号
 ↑吊掛車なので海岸の直線区間を夜間ブッ飛ばしての走行は中々良かったが・・・。
  ちょっと見かけた江ノ電色のバス。可愛いと思って掲載
 江ノ電鉄道線色小型バス
江ノ電鉄道線色小型バス側面
江ノ電鉄道線色小型バス後部
じぇじぇじぇ~!
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