【京浜電鉄歴史】
デ21号形
謎の形態図から
2023.02.28 Ver1.02
■明治37年度から39年度に亘って増備されたデ1号形1号~20号であるが
 その翌年の明治40年度にも5両が増備されている
 番号は引き続きで21号~25号(後の改番で20形20号~24号)
 継続増備であり、趣味誌※には
■デ21号形 21~25号
 明治40年:21~23 東京車両製、通し屋根形状
 明治40年:24~25 天野工場製 箱形屋根形状

 という調査結果が記されているが、車体が今までと同一形状かは明記されていない。
■継続製作であれば当然、同様の形態と思うのだが、その昔に頂いた車両形態の変遷を記した簡略図(図に21号表記)には、この4年後に登場する26号形に繋がる形態が記されている。
 認可書類を捜索中ですが、捜索力不足に加え、今のところ戦災で焼失したのか、不要として廃棄されたのか?確定ランプが点灯しません(苦笑) 
 当時の状況を製作担当者にタイムマシンに乗って窺うことは不可能なので、「一応」このような図があった。として掲載します
■車体
・客窓17個の上部に2連?の小窓付
 小窓形状は大正ロマンの流れか下部にRが付いているもようだが、実車の写真を見ていないのでやや不鮮明な図面からの想像しか出来ない。
※中央部の小窓は1個。これは26形の中央ドアに相当
・デ1形1~3次車(1~20)の13,106mから14,984mになって1.87m長くなった。
・車体寸法は26形と同一で唯一相違するのは車体全長
 21形は14,984mm、26形は14,884mm「8」と「9」の書写し間違えと、とれないことは無い。
・計画予想図を実車として転写してしまったのだろうか??
■電気品
 主電動機は50馬力(37.2KW)×4 ※1号~50号まで全て50馬力で統一
↑21号~23号 M40 東京車両製、通し屋根形状
↑24号~25号  M40 天野工場製 
箱形屋根形状※参考文献による店主の推測作図。
ひょっとして通し屋根かも知れないかも?の微妙な・・・。
もし、箱屋根形状であれば、京浜電鉄では最後の箱屋根形車両となる
29号形の申請がなされ、省担当者が作成した比較表には21号形の比較寸法が無い・・・。
↓上の比較表の部分切り抜き
見出しの内務省認可分とあるのはデ1号形、44/7/22認可分とあるのは26号形
この時点では届書類に**形という主題での申請は無く、日付、書類番号で認識していた
なにより気になるのは、内務省認可分(1号形)より大型なのに、項目建てが無く、比較寸法が記載されていない不可思議。
と言う訳で、浅学非才の店主が写真を探せないがために、21号から25号までの車両はこのような図があったので。という妄想率99.8%、ホントに此の図のような形態かも知れない率0.2%程度のページになってしまっています $(_ _)$
鉄道ピクトリアル 1980年10月京浜急行特集 過去の車両 永田 義美様記事を参考にさせて頂きました※本頁は認可等の資料をさらに探索中で、補訂を進める予定ですが、進まないかも・・
■■■京浜電鉄歴史探索一括目次はこちら ■■■ 
じぇじぇじぇ~!
フィルムの危機紹介
・大量スキャンのアドバイス
・店主的フィルムスキャナ比較
ビネガーシンドローム(フィルムが丸くなる)
スキャン営業内容他
ブローニーSCAN等
・フィルムデータ保管法
・取り込み解像度比較
スキャナー用フォルダの例
喰ったら体重倍返し
半皿~ッ!グルメ

ウケ狙いで、そろそろ古い?
随時更新中。
お立ち寄りを
地方鉄道中心の
写真・録音見出ページへ

・30分以上多数
旧客峠駅売、山スカなどお勧め
※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所  
Copyright(C)2010.04 フィルムスキャン&プリントのS All rights Reserved