フィルムスキャン&プリントのS、 鈴木写真変電所
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北 恵 那 鉄 道(その2)
北恵那鉄道モ560形2両編成563号
紅葉の朝、下り2番列車(3レ)が下付知へ向かっていく                  1973.11(S48)
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北恵那鉄道モ560形2連
 ↑中津町発モ560の2連が木曽川橋梁を渡る。                                     1974.05
北恵那鉄道モ560形2連恵那峡口付近
 ↑橋梁を渡り終わると33.3パーミルの連続勾配。 cMc+cMc編成なので楽?しかし、そんな訳はない。電圧のドロップは半端ない路線であった。
   <1973年訪問時のダイヤ>
   中津町を朝5時50分に発車する1番列車(1レ)があり、6時41分に下付知に到着。6時50分発(4レ)で戻っていた。
   下付知には2本滞泊しているため、5時51分発(2レ)7時16分発(6レ)※に充当していた。
   ※
下付知6時41分着1レが4レ、6レのどちらに運用されたか不明なので便宜解説。
   ※6時50分発4レは下付知で滞泊したク80を組成した列車。
  
  <1974年訪問時のダイヤ>
   1レを廃止したため、中津町から下付知に到着する1番列車は7時56分(新1レ)。
   以前は下付知5時51分発の2レ、6時50分発の4レ、7時16分発の6レまで3本運転していたが、3本目に相当する7時16分発
   6レの削減を行い、美濃福岡発102レに変更した。
   乗車効率を調べて下付知→美濃福岡間は不要と判断して中津町発旧1レから削減したのか、旧1レの乗車率が低すぎて結果
   7時16発(旧6レ)があおりを受けたのか不明。しかし、下付知方に向かう午前の列車は(新)1レ1本だけという惨状になった。
  
  美濃福岡始発にするための手法は、中津町17時45分発5レをcMc+cMc組成として運転。美濃福岡で解結、車両の滞泊を行った。
  乗務員は憶測であるが、19時29発の10レで中津町に帰所し、翌朝、中津町7時03分発で7時32分に到着、パンタを上げて
  入れ換え、7時39分発102レの乗務を行ったのではなかろうか?それとも美濃福岡に駅長室があったので、そこに泊まったのか
  乗務手当の他に泊まり手当が必要になるので・・・。と、浅はかに謎解きにのりだして余計こんがらかる店主(苦笑)

  ちなみに名鉄系列の北陸鉄道金名線の末期の頃は加賀一宮から白山下の超閑散区間で朝晩のみの運行としていた。
  どちらも麓から山間部へという共通項があった。おっと思い出した。同じ北陸鉄道能美線もそうでした。こちらは田んぼの中・・・。
 ↑16:15分発の夕方一番列車6レが貨車1両を牽引中。 行き先は何処?山之田川?美濃福岡?下付知? 
北恵那鉄道モ560形混合列車恵那峡口付近
 ↑渡河して33.3パーミルを登りつつ、恵那峡口にさしかかる
ク551形 
北恵那鉄道ク551号
 ↑大柄な551号は乗客減の中にあって、こんな大きくて重いクハは不要?と廃車に。
  台枠に付いているトラス棒が美しい状態。車体中央が垂れてくるとトラス棒のバックルを締めて車体の両端をしならせて、
  結果、水平を保つという根性棒

北恵那鉄道ク551号
連結面側。写真で見る限り外板は綺麗にのっぺり。廃車後は中津町まで戻って倉庫やっていた噂が。
ク80形 ク81、82
  ↓元が三河鉄道のガソリンカー。両端の片隅運転台のある場所に乗務員扉が付いていたク82
北恵那鉄道ク80形82号
  ↑↓ク82の外と内(運転台側)店主の知る限りク80形は電動車を制御しなかった。常に運転方向の後位ぶら下がり。
北恵那鉄道ク80形82号車内
 ↑ク82運転台機器付き方向
北恵那鉄道ク80形82号車内
 ↑ク82運転台機器撤去側
北恵那鉄道ク80形81号中津町寄
 ↑ク81 中津町側は入線時貫通構造に改造された。乗務員扉はあるものの、運転操作機器は無い。
  貫通扉はHゴム窓側の引き戸となっている。
  デ8は下付知側が貫通構造で、連結を想定した様だが、双方に幌枠もなく、車掌の通路を確保する程度の状況ではないだろうか
  ちゃんと位置を揃えて下付知に向かって運転すればデ8がク81に制御される図になるのだが・・・

ち ょ っ と 下 付 知
北恵那鉄道モ560形車内風景
 ↑まもなく下付知・・・。後にク82がぶら下がっている
北恵那鉄道下付知夜間1
 ↑下付知に到着後、564号が機廻し、押込んで留め置かれる82号
北恵那鉄道下付知駅夜間風景2
この時は押し込んだ後も何やら入換をしていた。店主の記憶は露出時間の心配で何を入換していたのかが飛んでいる。
北恵那鉄道下付知夜間入換風景1
 ↑入換中。押し込まれたク82は明朝6時50分台の列車(4レ)に仕立てられる。
北恵那鉄道モ560形564号下付知夜間
 ↑出発待ち
そ の 後 の 下 付 知 留 置
北恵那鉄道ク80形82号
 ↑↓貨物ホームに押し込まず、機廻し線上に置くようになった。 
北恵那鉄道ク80形82号留置状況
貨 車 他
北恵那鉄道貨車ワム301号
 ↑バッファーのマル穴付きワム301 材木が腐食したところに鉄板補修をしている。42年3月検査期限標記。
北恵那鉄道無蓋貨車 ト107号、ト105号
やはりバッファー跡のあるト107+ト105
北恵那鉄道ハフ30廃車体
 ↑ハフ30の廃車体
紅葉の美しい恵那峡を見ながら   画が動くまでしばらくお待ち下さい
北恵那鉄道木曽川橋梁渡河風景
駅の写真をちょっと
北恵那鉄道下付知駅
北恵那鉄道下付知駅改札 北恵那鉄道苗木駅駅名表
北恵那鉄道美濃福岡駅
 ↑  この駅には変電所があることになっているが、暗い時間帯の離合は変電所があるというのはホントカイナ?状態。
  上下の列車がほぼ同時に発車のため両車ノッチを投入。下付知方面に乗っている店主の車両は室内灯全落ちで真っ暗。
  前照灯も消える(フィラメントに電流は流れているのだろうが)運転士さんは真っ暗なレールの上をノッチ位置そのままで走らせる。
  加速という代物ではない位ゆっくり加速する。そしてしばらくすると室内灯も前照灯も点灯。反対の列車がノッチオフしたから。
  モーターの音も多少軽快になるが、そのまま加速を続けてノッチを切った瞬間、室内灯も前照灯もさらに明るくなる。
  惰行していても室内灯が暗くなれば離合列車がノッチを入れている証拠。いやぁ下付知に行くほど悲惨な状態・・・。
  名鉄谷汲線で谷汲寺のお祭りで列車が2両×2列車の時に乗車したら、勾配で止まりそうになるくらい電圧がドロップして変電所
  の非力を感じたことがあったが、そんなレベルを超越していた。 
  今のV車ならあっという間にダウン。安定した電圧と電流があってこそのV車両。
 
北恵那鉄道山之田川駅ホーム
 ↑訪問時も切り出した石材が置かれていたが、鉄道利用をしていたのだろうか?(山之田川駅)
北恵那鉄道山之田川駅遠景
 ↑   山之田川の構内遠望。新緑が美しかった。
       左が石材積み込み貨物ホーム。その昔は貨物が中津町から10分でやって来て約40分間停車。
  その間に上下の列車をやり過ごし、帰路は中津町まで25分かけていた。余程、荷が重い設定で線路に負担をかけないよう徐行?
  基本的に木曽川まで下り一方で、渡り終えてから中津町まで登りだがそれにしても・・・。のダイヤ
北恵那鉄道ク80形+モ560形2連
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 ※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所
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