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地 元 杉 田 線 の 廃 止
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↑廃止前の杉田電停 1967.S42.7.28撮影 店主中学2年の夏。 |
シャッターの押し方を全く理解せず派手に押していた。リコーフレックスは1/100まで
市営定期券発売所もあった。アメリカンな車もタイヤに白ラインのおめかし。
夏休み、女の子達はひょっとすると根岸の市民プールにお出かけなのか?
当時右側に京急バスの大きな車庫があった。おじいちゃんが孫とお散歩眺め 。
今になると写真はいろいろな情景が写っている。S42.8.1付杉田~葦名橋間廃止
1400形は中央扉付き。S23割当車でS24.3~10両入線。
曲線フォルムが上手な大阪の木南車両製。中央扉が災いしS45迄に廃車となった。 |
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↑杉田発の電車に乗っていたら「さよなら杉田線」装飾電車とすれ違い |
高島町~横浜駅界隈 |
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↑懐かしの4系統 右上:5000系が走る 理由は最下段(苦笑)
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↑↓5系統 高島町
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↑横浜駅前電停 バスが多数 |
1150形 |
22両と横浜市電のボギー車で最大の勢力を誇った。
先輩の1500形は装備費が高いのでコストダウンを目的に
後継車として部品流用も含め直接制御車で製作された。
主電動機は経済車として1500形の4個から半分の基本2台装荷。
主電動機の形式は各種あり
※1167~1170は25KW×4に交換(旧1155~1160装荷品)
S28.08.06認可 |
1151~1160 |
S28.11.24 〃 |
1161~1170 |
S30.06.03 〃 |
1171,1172 |
S46.10.31付 廃車 |
1154,1155,1166,1172 |
S47.03.31 〃 |
残 全 車 |
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↑日ノ出町1丁目の交差点といえばお子様家族連れには不二家ですね。(後方:黄金町方向)↓ (桜木町方向)
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↑1500形 |
1500形はS26.6.20認可で自動進段、電制付の車両として書類上、一気に20両が登場。
主電動機は35KW×4と横浜市電中、最も強力である。
その後ワンマン化に際して直接制御に改造されたが、その際に電制は撤去されたのでは無いか?
店主は幼すぎて乗車感覚では不明だった。
屋上のデカイ通風器が無いので後輩の1150形と判別出来る |
S26.6.20認可1501~1520 が入線 |
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↑日ノ出町1丁目電停 お風呂屋さんの煙突あり。あそこだ!という貴方!通ってますね~。
↓桜木町方向行 日ノ出町1丁目電停 系統板が無い??
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店主の記憶の日ノ出町~桜木町界隈。
雑多飲み屋さんが猥集する街で飲んで。お別れ・・・。みたいな
ストーリーとは全く違うが店主的な場面想像「コクリコ坂から」
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↑↓連写 1500形の台車は上から包むような大きなアームが枕梁と組合わさり、軸箱の支持は軸梁式の特徴ある台車だった。
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↑↓形状からKL-20では無いようだが、ほぼ見た1500形はこの形を履いていたと記憶している。ひょっとしてKL20改?ナンテ
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↑2020年ではありません。そんなに好きならと鉄好きで無い職輩からの頂き物です。感謝
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↑現在では考えられない記乗。紫色が完成したら?とか、横浜~山下町が実色=完成させる意思あり?とか。ウッヘェェ~。
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↑市電の「みなと祭記念」記乗はS46.6の発売を以て終了 |
↓47年からはバスのみに。しかしワンマンバスでどう売ったのか?地下鉄開通後は?
店主、市電廃止で完全に蒐集意欲失う |
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日ノ出町→滝頭方面
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↑ 市電が信号待ちしている間に京急は700形1次車が。↓内側方向幕の1000形2次車(店主的分類)が通過。戸袋窓は白いHゴム
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↑ 日ノ出町2丁目方向 (後方:黄金町方向) 工事中のベルトコンベアが懐かしい。今はショベルカーでホイホイ
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↑前里町3丁目 ↓前里町4丁目~前里町3丁目
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↑前里町4丁目~吉野町3丁目 ↓ラッキー!
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↑天神橋~中村橋 |
1100形は昭和11年12月に車体を梅鉢、台車は汽車会社。たった5両の陣容だが関西発、戦前の市電
ロマンスカーブームが横浜市電初のボギー車体、クロスシートのロマンスカーとして登場した。
戦災で全焼したが、滝頭車庫内の横浜車両製作所で再生を果たした。←大栄車両みたいな位置付け?
復旧時は大変な混乱時期なのでロングシート化されている。復旧年月不明
不思議なのは戦前生まれのこの車両が、廃止時まで電動貨車(花電車)とともに残存したこと。
廃止前の他車は車体長が12m、1100形は11.4mの中型車ながら、よほど台枠がしっかりしているのか
モーターが37kwと出力が高かったので、足が速くて現場に好かれたのか?謎である。
なお、RM LIBRARY120号横浜市電(下)では解説文と見出しが1100から始まり1104となっているが、
同ページのワンマン化の竣工図表、P42の車両在籍明細表他で1101~1105と付番されているので
どうやら誤植のよう。 |
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↑↓遠足のバスから(こんな時にやるかぁ~)必死でシャッター切る(寒い中、窓開け寒風で同級生の協力感謝)
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桜 木 町 電 停 界 隈
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↑↓1100形 桜木町電停到着迄連続2枚写真(苦笑)
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↑左側の乗用車植木積んで ↓上の写真のトリミング
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↑自動車もフェンダーミラーの時代。 |
ドアミラーは後方車が間近に接近したと視認性が良くないと論議されてなかなかドアミラーにならなかった。
タクシーは今でもフェンダー多し |
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↑↓廃止間近のお別れ乗車で大盛況
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↑1500形と1150形のベンチレーター有無の違い。
ビューゲルを折り畳んだ寸法の先の位置にかわいい避雷器とアース
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↑根岸線をくぐる
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<ど~でもヨタ話>
■思い出の深い市電とアルバイト
高校生の夏休み、●●埠頭で艀(はしけ)荷役のアルバイト。「兄ちゃん、シラン奴が来て誕生日の干支聞かれたら「ウサギ」言うんやで」←労●法違反
・・各所に酒の升箱に塩が盛られ、水の入ったヤカンが置いてあって、それをなめなめ、水飲んで、配給の麦わら帽子かぶって、缶詰などの入った段ボール箱等がギッシリ
積まれた 艀に乗り込んで、エッサエッサ荷揚げ作業を頑張りました。艀一艘を空にするのに、ほぼ1日かかり手の甲や腕には大量の汗で、ふやけた無数の汗腺が白く浮き上がって・・・。こんな経験をしたのは一生のうちでこの期間だけでした。
仕事が終ると一列に並んで現金を受け取ります。ハイパークタクタでしたが、鼻垂れガキにとっては大変な金額収入です。
貯まると新宿で黄色く長い激安価格表を配っていたヨ●バシカメラへ。注文すると「お二階さ~ん●●」と店員が叫び品物が1階に落ちてくる
精密機器なのにこんな売り方あんのか?と思いつつも、なんせ激安。黄色い紙を枕元で眺めまくって、夢を見ていました。
■4系統は単車500形の頃、浜松町平面交差で車体や窓が壊れるか!の振動体験して西久保町電停下車。
ニコニコ商店街なのに行くと、大抵夫婦ケンカやらしていた某模●店。小高ペーパーキッや深い造詣のダイカスト台車が一杯あって・・・。
■本牧下車では憧れのダイヤモンドクロッシング等の複雑なポイント類やフレキシブルレールを製造発売する某模型店。
お爺さん(社長?)に文化祭割引でお世話になりました。
■尾上町電停(関内)の2階には輸出機関車が主力の●ビー模型店もありました。
ドロップフォージングののDT22台車に「カワイ」と文字が。ものすごい違和感を覚えた。これは日本の模型界に残る怪ヒット。
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廃止直前の滝頭車庫
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↑↓解体作業が進みます
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本ページを作成するに当たりネコパブリシングRMLIBRALY横浜市電(下)
岡田誠一・澤内一晃様著を参考にさせて頂きました。御礼申し上げます。
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※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所
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