↑この屋根の深さは2000系1次車か。パンタ4基に両端クハの6両編成
いずみ野駅開業テープカット
いずみ野線いずみ野駅開業 祝賀列車出発テープカット
↓切符部分の尻尾切れ補充部分。
 6 0 0 0 系
 私鉄界では経済性を重視したMT編成が取り入れられて車体長、電装品の装架方法等に各社のアイディアが争われるようになった。
 相鉄は増解結が簡単に出来る単一M車方式を採用した20m車体の6000系が昭和36年に登場した。
 昭和21年~戦後復旧の混乱期に(大東急)小田原線に新造で配置された63形は嫌われて相鉄に振られ、焼け電復旧のモハ60等合計9両が入線し、
 各施設の車体限界がその時期に改良されていたことが大幸運だった。 
 その後、S32に国鉄は4扉の101系をデビューさせて、S36に混雑の激しい相鉄も今後は20m車体、客扉は4扉とした基本系を製造した。。
 戸袋窓が当初から無く、同時期デビューの東武の2000系とともに先駆的デザインであった。
 客室の戸袋窓部分には「小形の鏡」が取りつけられた。まだ、女性の通勤客が少なかった時代である。
 さしずめ現在はコギャルの化粧かストーカーに利用される??様相であるが、2017年登場の直通新車で形を変えて復活するという。
 この車両は15次車まで120両製作された。
相模鉄道6000系6502種別・運番無し時代
 ↑6000系     ↓車掌側の方向幕未設置時代
相模鉄道6000系6519種別・運番無し時代
 
 ↑先頭表示器ナシの写真後方のスカイビルの写真は回転食堂
旧横浜駅を発車する6015F 後方の丸い屋根の建物の記憶が無~い!
河川に工事用の仮橋が架かっているので相鉄新横浜駅の工事が始まる頃?
ビル工事の基礎工事や地階部分は超ヌカルミの中で相当な苦労をされた。
 
 
その昔の広報誌の表紙。近代的な待避駅の星川を方向幕未取り付けの6000系急行が通過。 
 100両突破記念乗車券 
本のしおりにしてもらうイメージだったのか小紐をつけている。相鉄最初で最後?の手間かけ記乗
方向幕未取付の6000系。5000系が記乗を飾ることはなかったと記憶している。
 
 ↓裏面:なかなか懐かしい今では過去の名称が使用されている。 
 
↑↓100両突破記念文鎮 左右で文鎮台座の文字が違う。
6514-6014と車体刻印あるのでこの編成で100両突破したのだろうか(浅学$(_ _)$) 
 
 
 ↑↓台車や屋根上は結構、精密に出来ている車体の細かな傷はハナタレガキが勉学?に使用して(ウソつけ!)テヘペロ~。
 
 
相模鉄道6000系6014
文鎮の6014Fが100両目だとすると「お~っ!ラッキー」100両目だ!。中間車挟んでるので6514は4両目かな?
 6000系では主電動機の容量を110kwに大型化したため、台車装架の関係上、軸距離が350M延びて2450mmとなった。クハ、サハは軸距離2100mm台車。
 当時の国鉄をはじめとする新型台車はカーブの追随性等2100mmとなったが、この軸距離は国鉄旧型台車の一部と同等。
 西横浜~平沼橋間は比較的晩年まで非ロングレールだったのでM車に乗ると、まるで旧型客車に乗ってるかの継ぎ目サウンドであった。楽しかった~ぁ。

 <相鉄ディスクブレーキのマニアックなインプレッション>
 6000系からVVV車以前まで全車、空制オンリーだったので減速から停止まで減速感もガクガクが一切無く、一定の減速度で滑らかであった。
 緩め込めでブレーキシリンダのベローズ音がドンプシュー、ドンプシューと楽しい音を出し、電制をバンバン使って急停車風の会社に乗り慣れていると、この点、非常に乗り心地が良かった。
 体感的には現在、各社の全電気式ブレーキよりエレガントな乗り心地だった。と思っている。
 相鉄式ディスクブレーキの特徴か止まる時、僅かにシューが上下するのでごく少し前後動するのも特徴。
相模鉄道6000系6014
 ↑↓車掌台側に種別・運番表示器が取付られてハナタレ小僧には撤去して欲しい機器だった
相模鉄道6000系6515
相模鉄道6000系6520
相模鉄道6000系6018
 ↑貫通幌の塗色は青系寄りの黄緑で目だつようなそうでないような
相模鉄道6000系6501
 ↑6501 冷房のなく、窓も保護棒無しで全開の長閑な時代
相模鉄道6000系6019
 ↑枕木もPSコンクリート枕木に交換が進捗中。下り線は木枕木
相模鉄道6000系6021
 ↑↓S42.7アルミ製電動車として1両だけ日立で製作された試作車。鋼製のモハの車重より4~4.5t軽い34.5tとなった。
希望ヶ丘の駅以前に挟まれたのだろう、そのまま横浜まで我慢の朝の満員電車
相模鉄道6000系6021
 
 ↑作りかけの横浜駅に到着
相模鉄道6000系6024
 ↑キハ1000形(台形車体)の写真が無いのが残念。
相模鉄道6000系
相模鉄道6000系6502
相模鉄道6000系6017
相模鉄道6000系
相模鉄道6000系
 ↑相鉄と言えばクルクルディスク台車
狭軌なのでディスクを車輪の外側に取付け。同様に東急、小田急もアメリカンなPⅢ台車のブレーキディスクがクルクルしていた。
しかしこの会社の凄いところは「オートグリスタ」装置からグリースを補給する細い管が可動各部へ蔦が絡まるように配管されていたこと。
なかなか壮観である。「オート」化はこのあと「5100系アルミ車」の客窓に及ぶ。
ブレーキシューの梃子?取付位置もTc系は外側付けが多く、M車は内側付や外側付けのものがあったりバラエティに富んでいた。
きっとM車は機器が一杯搭載されており、外側では台車間の機器取付スペースがが短くなるので内側に持っていたのではなかろうか
 しばし以下、行先、車両番号、編成両数等お楽しみ頂ければと。
相模鉄道6000系6507
相模鉄道6000系6509
 ↑白鳥等が横切る分には可愛いもんがあるが、この鳥はどうにも好かん
相模鉄道6000系6511
相模鉄道6000系6512
相模鉄道6000系6513
 ↑↓炎天下の撮影。直射光が厳しい
相模鉄道6000系6515
相模鉄道6000系6515
 ↑後方の西谷にある保土ヶ谷焼却工場の煙突を記念して
相模鉄道6000系6523
 相模鉄道モハ6100連結面
 ↑今更ですが、モデラーの方に。こんなのいらねぇ!こりゃ失礼しました。
新 6 0 0 0 系 誕 生
相模鉄道6000系
相模鉄道6000系6530
↑Tc6530 
新6000形はS45.7に就役し、日本最大の車体幅2930mmとPRされていた
中間車MMユニット方式を採用し先頭車は両方ともクハになってしまった。
この時点の日立の車両デザインというか造作は画期的に劣っており、運転室の貫通扉にLアングルが貼り付けてあったり
客室貫通路の扉には細工丸見えの「閉め装置?」があったり、客から見えないだろう部分の手抜きが甚だしかった。
海老名寄りのクハは6500形の追番、Mは6100形に200をプラスし、横浜寄りのクハは6700形とした。

ジャンパ線が一直線に整理された。
相模鉄道6000系6532
 ↑幌枠の塗装がほぼ空色になっている。
相模鉄道6000系6530
 
相模鉄道6000系6536
 ↑当時、グラマラスなバディ=ポッチャリさん風の車体は153系や京王5000系以来、店主の好むところで製作したくなったが資料が無く、
     何故か横浜西口でなく東口に所在していた相鉄車両部をお尋ねし、窓寸法を教えて頂き後日、ペーパルーフながら4連が完成しました(苦笑)

     この編成は6両らしくTc6536の後に6000形のMが入っている。 
<脇道その1> ↑東口にあった相模鉄道本社分室(右側)中央を境に左側に京浜急行横浜事務所が入居。 
<脇道その2> ↑写真にしては?ですがちゃんと台車に円盤つけましたが・・・。お見苦しいのを
 
 ↑4連大和行
 ↓↓海老名旧駅と小田急、丹沢、6000+N6000等を
 
 ↑↓動き始めました
 
 
  ↑↓相鉄海老名旧駅と先端の小田急乗換通路(改良工事中)
 
 ↑N6000ではありません。後ろを振り返ってクハを
 
 ↓↓床下写真貼り逃げコーナー(苦笑)
 
 ↑6319
 
 ↑6320
 
 ↑Tc6539
 
 
 
 
 
 
 
 
相模鉄道6000系6712
 ↑↓運番1と2 それがどうした!
相模鉄道6000系6712
 ↑新6000系のみの綺麗な4両編成
 ↑2017現在、東部方面線直通化工事で大改良中の西谷駅 
当初はJR貨物線経由で東京駅方面に乗り入れとアナウンスされていたが、JRの蛇窪信号所が持つのか?立体化に踏み切るのかなど余計な妄想をしていた。
しかし着々と車両方針の大転換?で東急車輌で当時のJR仕様に準じた10000系の増備を進めていた。
JRにだけ乗り入れする話は、東急に乗り入れ発表の無いことが、その辺の雀を騒がせるに充分であった。
もともと日吉~中山~二俣川に鉄道整備計画があったのだが、複雑に当時の絡みがあって、日吉~中山は横浜市交通局が小形断面のリニア地下鉄を導入、
この路線区間では相鉄と東急の車両直通は無くなったのだが・・・。
う~んしばし。ある日、新聞に相鉄線が東急線に乗り入れと記事が踊る。やっぱりなぁ~。相鉄はJRと東急に車両を割かなければならなくなった。
二俣川~横浜間の運賃収入が減少し、その培養関係にある髙島屋とダイヤモンド地下街に乗客が行くのか、新宿、銀座方面か
通勤客が新宿、東京方面からマイホームを求めて相鉄線沿線に居住、新たに運賃をどのくらい払ってくれるのかが気がかり。
ついでに小田急も折角、江ノ島線の乗客を増やしたら、東急、相鉄、JRに東京方面のバイパスを造られ、こちらも大変。複々線で挽回なるか

西谷~海老名、いずみ野方面の相鉄線の線路にJR、東急の車両がバンバン10両~8両でやってくるのか?
JRは編成両数から相鉄単独乗入か、JR側は11両か、まさかの4両??豚雀の妄想は何処までも膨らむ(苦笑)
相模鉄道6000系6707
相模鉄道6000系6541
 ↑新6000系冷房2本の8連
相模鉄道6000系6713
↑↓ 写真の(4)-5-(6)両目の側面凸凹に注
 編成増強にMMユニットが壁となる。MT比1:1、モハ2両ユニットなので6両やその後の10両が組めなくなってしまっった。 
冷房機や付属機器の重量増等を勘案して主電動機を130kwにした。この関係で車輪径が910mmと旧型国電サイズに戻ってしまった。
クハは860mmなので50mmの車体高サの相違は設計時に調整したのだろう。Mは910mm、Tは860mmと凸凹車輪で製造され続けた 。
この時点では他の会社は平行カルダンに移行していたので、日本最大級の出力の直角カルダン装置になった。 
冷房化工事の入場の関係もあったのか6両のためには、在来の6000形M1両を組み込みTcをプラスした編成を作った。MGの関係で基本編成以外の
車両は非冷房であった。横浜方の乗りが良いので横浜方に冷房を入れた編成が多いような気がした。新6000系の冷房化はS54に完了。
相模鉄道6000系6532
 ↑基本4両に6000形Mと非冷房6532の6両組成。側面凸凹で最大幅が見て取れる
 塗 色 削 減 の 試 験 塗 装 車
 保有車両数が多くなって来ると塗装工程4色塗りの時間で他の検査が終わっても塗装待ちとか、手間、コストが問題視され、
 色数の削減、より簡略な工程の塗装としてS47.に2種の塗装試験車各1編成登場した。 塗色変更の名目として「ジョイナス開業」で銘打たれていた
相模鉄道6000系試験塗色6708
↑↓ 試験塗装イエロー系
相模鉄道6000系試験塗色6537
相模鉄道6000系試験塗色6537
相模鉄道6000系試験塗色6534
 ↑↓ 試験塗装グリーン系。こっちに決まり
相模鉄道6000系試験塗色6534
相模鉄道6000系6715
 ↑冷房2ユニット4+3の7連  ↓非冷房6009F7連
相模鉄道6000系6008
 ↑この後冷房化、前照灯の豚鼻化が行われた。
 昭和42.9月に「かしわ台検修庫」が完成、徐々に機能を拡張し、星川工場の全面移転に伴い、相鉄の全車両の保守、検修を行うようになった。
乗務区等も拡充され、関係者の出退勤の効率化や周辺の整備を行って至近の相模大塚駅を移転する形で「かしわ台」駅が開業した。
相模鉄道2000系2506
↑かしわ台で昔懐かしい車両揃い↓
相模鉄道2100系2604
 
↓ 裏面
 
相模鉄道その1  小田急電鉄1970年代  箱根登山鉄道1970年代  大平台貸切露天宿泊と
箱根ゴールデンコース
 
じぇじぇじぇ~!
フィルムの危機紹介
・大量スキャンのアドバイス
・店主的フィルムスキャナ比較
ビネガーシンドローム(フィルムが丸くなる)
スキャン営業内容他
ブローニーSCAN等
・フィルムデータ保管法
・取り込み解像度比較
スキャナー用フォルダの例
喰ったら体重倍返し
半皿~ッ!グルメ

ウケ狙いで、そろそろ古い?
随時更新中。
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旧客峠駅売、山スカなどお勧め
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