横浜市電の終焉と花電車  横浜市交通局トロリーバス  横浜市電非装飾車  川崎市電廃止    玉電廃止 
本ページを作成するに当たりネコパブリシングRMLIBRALY横浜市電(下)岡田誠一・澤内一晃様著を参考にさせて頂きました。 
※当時の記憶のある方用に極力風景を入れました。 
横浜市電 廃止近し頃の3系統 2こぶラクダの路線。山元町~横浜駅(終期区間)
 
※カラーは2017.8撮影
横浜市電3系統山元町電停 
↑↓山元町終点 
市電3系統の一方の終点、山元町電停は横浜市電の中でも特異な場所にあった。
特異というのは平地の石川町5丁目から急勾配で登りきって右折した、尾根道の底辺が終点であった。
この尾根道は根岸米軍地帯~元町~本牧を結んでおり、元町~麦田のトンネルもこの「尾根筋」の下にあった
尾根道に上がるための石川町5丁目~山元町の急坂区間は切り通しで、当時は途中に需要が見込めないためか電停が無く、
この区間はロープの無いケーブルカー同然であった。
事故防止のため急坂区間は1列車しか入れないように「区間進入可否表示灯」(店主勝手命名)があった。
商店街は山元町電停から根岸方にが続いていた。
商店街の大まかな光景は2017現在もあまり変わっていないが、経営者の高齢化や店舗の老朽化が著しい。
 
 横浜市電3系統山元町電停
 ↑ちょっと縦長過ぎますが、各種行灯と始終発時刻表と電停終端後方の道路事情(2017現在も後方の光景ほぼ変わっていません)
 横浜市電3系統山元町電停付近2017.8現在
横浜市電3系統山元町電停
↑↓山元町電停 1310号が出発待ちしているときに1324号が到着。の位置で乗客を降車させ歩く乗客
後部なのに前照灯が光っているのは、道路センターから右脇に線路が入り込むため、対向する自動車に対する表示かもと?
横浜市電3系統山元町電停
棒線の山元町電停からポイントを渡って 石川町5丁目までの急坂を下る1310号 ※1つめのこぶにたとえます
山元町電停側の急坂は箱根登山鉄道並の急勾配に思える(当時の写真ナシ-泣き)
海抜6m程度の石川町5丁目から約30mの山元町電停までを約460m(信号機間)で登るのだから平均65パーミルぐらい?(推定です)
今の認可行政では3系統(先に廃止された久保山,井土ヶ谷系統等を含む)のような急勾配がある路線は開設できないのではないか?
※海抜は山元町交差点付近はほぼ確定。石川町5丁目付近は坂の登り口のため地点の取り方が難しく、電停があった低い方の概数です。
 途中、緩和勾配区間があるので、その両区間の勾配は68パーミルを超えているはずです。←これは本気でやらないと「はず」は
 とれません。概略の数値調査場所については??とします。
横浜市電3系統山元町電停2017
 ↑比較すると手前の歩道が拡張(黄色)されているのと、左折レーンが到着線の上に出来ていた。
横浜市電3系統山元町電停2017
横浜市電3系統山元町電停2017
 ↑坂を登り切った所に親切な標識が出来た。
横浜市電3系統路線
↑↓勾配は超キツイ。有名な?橋は打越橋現在の道路名は「横浜駅根岸道路」まるで3系統のままやん
横浜市電3系統2017
横浜市電3系統
 ↑坂の途中に「打越町内会館前」バス停ができていた。この部分の勾配は緩い。住居も45年の間に増えているようだ
横浜市電3系統坂
横浜市電3系統石川町5丁目付近
 ↑上り口の石川町5丁目付近から見上げる。
 野毛坂を上り下り
横浜市電3系統野毛坂
↑↓野毛坂→戸部1丁目 ※2つめのこぶに例えます。でムリムリ2こぶ駱駝路線(苦笑)
日ノ出町~戸部1丁目間のこの坂も電車にとって急坂である。 
後方の勾配緩和した電停は「野毛坂」横浜市の図書館や野毛山動物園下車駅であった 
雨の日の夕方ラッシュ時、この区間に乗車したら「野毛坂」電停発車してすぐ、方向幕の高さについている運転台のカノピースイッチが
バン!という音とともに切れてモーター電流がカットされた。
 原因はラッシュ時なので乗車人員が多く負荷がかかったのと、周囲の稼働車両が多くなって給電電圧が下がったのではないか?
登坂中の運転士さんにとっては、とんでもないことで即座にカノピースイッチのレバーを握り、ガチっと「入」に再投入した。
しかし再び「バン!」と切れ、運転士さんもキレ?たのか急坂で停車する状況では無いので、右手で再投入してOFFにならないよう
カノピーレバーを握ったまま、左手でマスコン位置を保持して登坂し切った。モーター音は低音の唸りを発し、速度も出なかった。
主回路と電動機には相当な無理(発熱)がかかったと思う。この路線では「日常ちゃはんじ(苦笑)」だったようである。
カノピースイッチ切れるときアークが飛ぶが、それを押さえたままにする芸当はかなりの命がけではないのだろうか。
無理が利くのが昔の車両。今の駆動装置関係は電子化され電圧変動に弱いので、給電施設側を万全にしなければ成り立たない。 
横浜市電3系統野毛坂
 ↑野毛山電停へ下る
開業日
M37.07.15神奈川(横浜駅前)~大江橋(桜木町)
T05.10.21高島町~戸部橋
S02.09.26 長者町5丁目~石川町5丁目 
S03.38.27 石川町5丁目~山元町
S03.05.29 西平沼橋~野毛坂
※以上でで3系統は繋がると思うのですが・・・。浅学で $(_ _ )$
横浜市電3系統野毛坂
坂を駆け上がる (野毛坂→戸部1丁目)
横浜市電は昭和24年初頭まで全車ポール集電だった。試験車除く
「泰平電鉄機械」と共同で架線高さが上下しても安定して集電できるTY形ビューゲルを開発し、
昭和24年2月3日認可取得し、滝頭所属車を最初に麦田、生麦と順を追って換装を行い、昭和25年3月
にビューゲル化を完了した。 
横浜市電3系統野毛坂表示
 ↑ほぼ頂上に近い位置がこちら。「野毛坂←→戸部一丁目」
矢印の機器はこの下り区間の進入「可否」制御用のトロリーコンダクター。表示機は上記の山元町電停と同じ【
↑・× 
1300形は当初3000形としてS21.4月~7月にかけて30両が一気に汽車会社東京支店で製造された。
30両というと多数に思えるが、終戦直後の混乱期の被災車や故障車で稼働両数も少ない中、都会の交通を救済するため、
運輸省が各都大市の事業者に規格型を割当した。
しかし割り当てられても支払いは事業者なので、30両購入のために行政機関の借金である「起債」を行った。
当時はインフレが激しく、1両の予定価格6万円/両が半年の間に85万円/両と10倍を超す価格となって、
戦災復興費の起債額をさらに増額し、当初の489万円から5000万円に膨れた。(額は施設整備分も含まれる)
車体は13620mm幅2480mmの市電の中では大型の部類に入る。モーターは37KW/600V×2 

S38~S40にかけて車体更新され、アルミサッシュ化、戸袋窓のHゴム化、ウインドシルの撤去が行われた
一部の車両では方向幕の拡大も行われた。
横浜市電3系統上原電停
 上原電停付近
日ノ出町1丁目」電停から登って「戸部1丁目」の手前でピークになり、戸部1丁目→伊勢町1丁目→上原の尾根?を走り、
 御所山に下る。小型トラックの格好がなんとも微笑ましい。
京急は戸部~日ノ出町間を隧道と開削隧道?(蓋が無い)でこの区間を抜ける。  
京急掘り割り区間
横浜市電3系統上原付近
 上原電停→戸部1丁目方向
京急交差
 ↑京急戸部駅直下に電停は無い。西平沼橋電停→(京急)→石崎町→高島町
横浜市電3系統横浜駅
「横浜駅前」電停から「高島町」電停方向思いっきり何も無い  
横浜市電3系統横浜駅
  ↑回転展望室のあったスカイビル前を走る1326号。左の階段で横浜駅前電停に地下道?あったっけ?てな時代です
横浜市電3系統横浜駅
 横浜駅前電停
3系統が廃止されると同時に横浜駅前停留所も無くなった。

廃止まで3系統は1300形の天下だったようだが、製造量数が多く、部品の確保が容易だったのか? 
横浜市電3系統横浜駅
折り返し 左側の青木通(橋)方向に生麦や六角橋方面の廃線後に残された折返線があった。
 【3系統】S46.3.21廃止
  山元町→石川町→長者町1丁目→長者町3丁目→長者町5丁目→伊勢佐木町→日ノ出町1丁目→野毛坂→
  →戸部1丁目→伊勢町1丁目→上原→御所山→西平沼橋→石崎町→高島町→横浜駅前
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