(超ロングページです) 横浜駅と周辺で中坊~のハナタレ店主がチャッチャと写真時代 2018.01.25/V1.03up
  
カラーは注記以外オリンパスペンF:ハーフ判トリミングしまくり画像。白黒は粒子の綺麗そうなのが35mmということで。$(_ _)$
 ↑ハナ差で京急の勝ち!
当時は横須賀線品川~横浜は京急とガチ勝負。京急105km/h、国鉄111,113系は100km/h(と思う)結構、競っていた。
今みたいに直ぐ「証拠」をネットに上げられないから、いろいろとファン的に面白い競り勝の逸話が一杯の時代。 
  ↓153系にしては屋根が低い
 ↓修学旅行用155系.ペッタリ低屋根編成の連写。屋根に室内扇風機の尻部分が出っ張っている。手腕出し放題。←乗車前に厳重注意あり。
↓こちらはグロベン形編成「きぼう」とヘッドマークに書かれている
 ↑品川方にあった東海道線上下ホームの手洗い所 一部画像を消去しています。
 ↑↓やってきました165系+153系非冷房急行。愛称は?列番器の表示正しければ[4714]←調べる気なし
 ↑↓ヘッドマークのある方が良いけど。
 
 ↑行き先!!ひょっとして「平塚競輪」臨電か?さぞかしモーター音すごかったのでは
 ↑手小荷物、郵便袋(郵袋:ゆうたい)用の台車が多数。クモユニ74012 「〒」マーク1箇所と「荷物」表記が2箇所
  横浜駅は上に東横線があった関係で手小荷物隧道が掘られ、廃止後京急と相鉄の連絡通路になった経緯がある。

手小荷物や郵便物はこうして人海戦術で積み込まれていた。 
高尾山ケーブル新車と台枠下回り?を輸送中 結構、お宝写真と思っている店主。 
 鉄粉撒き上げ減速する73系。いやぁ、いい音でした。駅近くの踏切などで眼に鉄粉が入った!等の時代。
後方のスッカスカ空間にご注目。ボウリング場だったか今はマンション
 ↑↓7000系普通が渋谷に向かう。改良工事のための足場が組まれている
 ↑この写真は東急駅拡幅工事前の写真。軽量客車がホームはみ出し
 ↑↓横浜駅拡幅工事中
国鉄ホーム上を渡ってゆく
高島町から到着する3605を先頭にした5連。この辺りの橋梁は掛け替えられたが、地下化で不要に。今も新桁が残っている
↓↑撮影当時はこんな写真、捨てようかと思っていたけど今となれば木造小屋、木造倉庫・・・。
高島町のTQ写真これしか無いのでついでに掲載
 桜木町駅の線路が2本のみだったので、桜木町方に折返線があり、高島町折返の列車があった。
 しかし、折返途中で5000系が脱線して折返は廃止になり、折返線は撤去された。
 
 ↑↓↓団結落書き時代。車体は薄汚れ、富士に至ってはナンバー左右部分清掃??
 ↑汚しちゃだめと国民は教育を受けているのに、車体汚せば反発喰らうくらい判りそうなもんだが。
これがストまでやって国民の支持失う大失敗。これを契機に全国の労働組合への攻撃が強まり、なすすべ無く現在まで
労組、労働者は権利をバンバン剥奪され弱体化し続けている。自ら首を絞めてしまった大馬鹿事件。
結果、今では正規・非正規なる言葉も生まれ、ホワイト何とか、派遣ナントカ。労働者は残業無間地獄、低賃金化ばく進中・・・。
※店主約65年生きて感じてきた実感的な歴史をひとくさり。
 ↑東口品川方向。なっ何だコノスッカスカ空間は!
80系ついでに藤沢駅の平塚寄りも小田急のポイントWスリップだったのが今判る。
 ↑軽量客車を連ねた九州発の長距離寝台車と座席車の「急行」も。「桜島」だったかなぁ←調べる気なし
店主にはカワイモデルのイメージが強すぎ
 ↑↓当時、土曜日は半日勤務日なので、行楽や海水浴は基本日曜日。家族サービスして夕暮れクタクタ。
月曜日から出勤だぜぇ~。本当にお父さん(お母の場合も)お勤めご苦労様というかタフだった。
 ↑急行横浜行。花月園競輪開催時の競輪急行か?スッテンテン?の乗客を多数乗せて。
花月園駅はこの時間帯「婦女子の乗降ご遠慮ください」の看板が下げられていた。
今時あり得ない状況の駅だった。掲示板の写真撮っておけば良かった。
客扱い後、品川方の渡り線使って、新町か川崎に回送したんだっけ?~と、呆ける。
 ↑京急横浜駅 浦賀方
 横浜駅~東神奈川(仲木戸)間 ※BW:35mmカラ-67
 ↑クモニと低運153、東十条検車区の関係で非冷房7+3編成
 ↑↓この辺りは1974年(S49)5月、 機関車に未だ落書きの時代。1975.11.26のスト権ストライキまで続いた。
先頭はクモハ101186(136?)と読めるので101系。前照灯の常時点灯も無い時代 
 ↑113系混色時代 グロベンも混じる
非貫通型として活躍した1000形も貫通型に改造され、中間にM'M入れて6連で活躍 
連結器は復芯装置の無い、向いた方向に行ったきりのNCB-Ⅱ。連結時に構内さんが双方の位置を合わせていた。
700系1次車701~710は前面小窓、客窓は隅直角の四角形が評判悪く、
2次車711~は前面貫通扉窓を拡大、客窓もRが付いた。下窓は大きく開くため、保護棒が付いている
最後の活躍をする400形トップナンバー。4連固定化されて頑張っていた。生い立ち他省略。 
 横浜駅~戸部駅間 ※注無はハーフトリミング
 ↑ここに72系がかぶれば良かったのだが
 ↑やっぱり菱枠前パンに限る。
 ↑方向板の取り付けでガンガンやるので白帯が削れまくりトーフ板は「運行番号3」
平沼橋駅で撮影
 EH10はJR貨物の最新EHの元祖。ディーゼル機関車はDFどまり
↑ その数年後も頑張っていた(SRT-101撮影)
 ↑ベロ汚れのEF6011。ヘッドライトカバーがわざわざ大きい
  ↑ク5000形式自動車積載専用貨物列車を牽引するEF65
アイディアは良かったのだが、カバーをしても新車が鉄粉で汚れ、「ディーラーの清掃負担が大きい」
と言う「大きな理由」、裏の自動車企業の錦旗ジャストインタイムの敵「スト予告やスト」で物流乱れ、代替手配忙殺、
担当者は、「コストアップ、やってられない」で上層部に直訴、ぞあえなく運行廃止の図。
 
 ↑薄暗くなって小僧帰宅時間ギリギリ 大目玉同士の離合
 ↑↓小目玉車に入れ替え
(SRT-101と135mm望遠レンズ購入した頃。嬉し撮(苦笑)撮影)
 ↑167系修学旅行用車両だが、エアサス仕様なので伊豆方面の臨急に使用された
 ↑↓「あまぎ」にゲンコツ豆乳投入 ↓右側に153系
貨物も旅客も撮り放題だったのに、国鉄よりも・・。で相鉄ついでの撮影だったことが現在反省のタネ
 ついでに生麦付近
 ↑クモユ141形113系1046Mの先頭に立つ
たった10両製造のモノホンなら貴重品ヤ~。1986年以前の全廃まで頑張った模様。
ハナタレ手持ち撮影でブレコマ
トリミング範囲
 ↓さらに(原版から)トリミング。クモユニでないことが各荷扉の左〒マーク2箇所で判る。
 ↓さらに番号付近読めるか?クモユ14????状態。10号とも思えそう
 ↑↓この頃には京浜東北の先頭車は髙運ばかりで、クソつまらなくなっていた
貨物線だった現、湘新ラインを走るEF15144単機回送
  ↑スカ線色113系小田原行。前面に行き先札 モノホンのスカ線塗車両を横須賀線列車に使用中
 ↑店主の時代の方々は「あまぎ」がこれじゃなぁ~。と思う方もいらっしゃるのでは
 ↑この頃はヘッドマークも無くなっていた
 167系9725M 上部塗り分けがZ形になっている
ここで終了です。長々ご覧頂きありがとうございます。$(_ _)$
じぇじぇじぇ~!
フィルムの危機紹介
・大量スキャンのアドバイス
・店主的フィルムスキャナ比較
ビネガーシンドローム(フィルムが丸くなる)
スキャン営業内容他
ブローニーSCAN等
・フィルムデータ保管法
・取り込み解像度比較
スキャナー用フォルダの例
喰ったら体重倍返し
半皿~ッ!グルメ

ウケ狙いで、そろそろ古い?
随時更新中。
お立ち寄りを
地方鉄道中心の
写真・録音見出ページへ

・30分以上多数
旧客峠駅売、山スカなどお勧め
※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所  
Copyright(C)2010.04 フィルムスキャン&プリントのS All rights Reserved