東高島駅は江戸時代建築された神奈川台場を礎に誕生 2021.08.08 VER.101
↑新橋~横浜間の鉄道記入がある地図は地理院検索システムではこの図が最古らしい。
    官設(官営)鉄道は明治5年9月12日(1872年10月14日)に正式開業しているので、
    本地図は明治24年11月28日発行の地図。既に19年経過した鉄道の敷設状況になる。
  鉄道の路線名称は「東海道鉄道」。駅名と位置は記載されてない。作成した帝国陸軍陸地測量部は統一した書き方に苦悶している最中だったかも知れない。 
本地図は明治15年測量、同18年製版、同20年8月26日出版、同24年再版、同年11月28日更改出版という経歴の地図。用語は現在更改→修正(別用語多種)、出版→発行となっている。
 これより古い地図はどこかで保存されている図書館などで探すらしいのだが、諸処面倒臭くて諦め
何故、このようなページをアップしたかと言うと、店主浅学のため、東高島町駅を調査したら、ほぼ神奈川台場の上に建設されたと判明し、ちょっと歴史的変遷を・・・。ということで首を突っ込むことに。
【神奈川台場】とは
 ※以下は横浜開港資料館発行の「地図と絵に見る神奈川お台場の歴史・神奈川台場関係年表」を参考に作成
 神奈川台場は諸外国が植民地探しに続々と日本を物色し始めたため、東京湾内の海防を強化するため、大砲を配置した一連の「台場」のうちの一施設。
 大砲は備えたが、一度も戦争に使われることなく、廃止(廃台?)まで外国要人を迎える、または要日に「祝砲」を発射する施設として機能した。※昔は大音響がお祝いだったのか?
(1) 安政4年(1857年)幕府は松山藩に神奈川宿周辺地域の警備を命じ、神奈川宿並木町に台場を設置。
(2) 松山藩が安政5年12月13日付、神奈川宿の台場建設適地の伺い文書を幕府に提出
(3) 安政6年5月(1859年)建設の仕様書と入用高内訳書が作成される。同年6月2日横浜港開港
(4) 同年7月(1859年)松山藩によって工事が開始され、万延元年(1860年)竣工※
  ※松山藩主が「竣工」視察とあることから
(5) 慶応2年7月、松山藩の警備免除。翌年1月より古河藩が警備を担当
(6) 慶応4年4月24日(1868年) 新政府に台場が引き渡される
  ※明治元年:慶応4年9月8日→西暦1868年10月23日 
(7) 明治32年(1899年) 神奈川台場廃止
と、たったこれだけしか記載しないが、鉄道が敷設される前後の状況を以下、国土地理院発行の地図で追ってみたい。
 <店主の驚き>
 人力、馬牛車、木造手漕ぎ(船ではないと思う)ぐらいしか当時の工事方法が伝わらない現在、気象条件の悪い日もあったろうに、たった1年で海底に土石を投下して地盤を作り、石を切り出して石垣を作り上げ、その内側に土砂を運んで埋め立てを完了するとは恐ろしい建設速度。
 
一体、人数、労働時間は?どのような道具や運搬具?を利用しで建設されたのか?
 現在の建築は、土日祝日休、8時間労働、安全保安対策、それ以前に環境評価等々で、このような短期間で建設が可能な訳がないと思う。
 日本は土木計算から施工管理、土木工事まで、ものすごく優秀な脇役の多数の人材が「城」キーワードに、江戸時代以前から活躍していたのだろう。さらにそこには算盤と算術が基礎に。電卓も無い時代、身の毛がよだつすごさ。
明治41発行の地図(神奈川・横浜) 
M24.11.28発行の地図より台場の周辺の埋め立てが進んできている。
鉄道ファン的にこの地図には、官設(官営)鉄道の「かながは」駅M38.12.24 に川崎から延長開業した京浜電鉄の終点の神奈川停車場前駅(開業時)の「ぞんざい」な描写、立派に□の駅(停留所)マークの反町、仲木戸停留所が記載されている。
 ■貨物運転の大問題
   (1)横浜港の発展や東海道を貫通する貨物が激増した
 (2)運転は相変わらず初代の横浜駅に乗り入れて組成替え、方向転換等を行っていた
 (3)貨車の組成、整理が滞り、中には数週間~数ヶ月もの滞貨が出た。
 結果、初代横浜駅は貨物輸送の隘路として大問題に発展した。
 ※陸軍の平沼短絡線はこのような状況から敷設されている
  詳細→横浜駅の移転ページで
 (4)高島貨物駅の開設(詳細は別ページ高島貨物線で)
  高島貨物線は別ページで組みます。2021.08.08現在作成中です2021.10頃までにはアップ?
  ここで押さえたいポイントは鶴見操車場~東高島駅~高島貨物駅のルートが建設中であり、この
  路線が完成すれば、高島貨物駅から神戸方に高架複線で京浜線、横浜電気鉄道を跨いで東京方面
  と神戸方面がスルー運転出来る構造となったことです。
  しかし、これも関東大震災によって、線路が変更されてしまいます
  その後、東海道線に沿って貨物別線、新鶴見操車場、品鶴貨物線が建設され、その後
  大船~鶴見間の貨物線は横須賀線に転用され、現在の羽沢~鶴見~新鶴見のルートに
  切り替わる歴史が刻まれました。
  貨物線も旅客と同様、内陸部へ押しやられた歴史になります。
↓東高島貨物駅が出現して・・・。 
2021.08現在、東高島駅は貨物取扱をやめて交換駅(信号所)として機能する状況
不必要な部分をデベロッパーに売却して高層住宅地として再開発されつつあります。
その中で、台場の石積みが発見され、保存運動などで昔を偲ぶ動きがある現今です。
参考資料:横浜開港資料館刊 地図と絵に見る神奈川お台場の歴史
 ↑台場跡記念碑 ↓台場説明と跡地の説明
 ↑地図が「北南真逆」のため現地でもわかりにくい
↓上下逆にした方が実際の位置と合致するので180度回転させてみました
 
↑出土した築堤の石積 上記地図に記載された【現在地(星野公園)】の場所
 ↑↓神奈川台場の真上に建設された東高島駅(桜木町方を見る)
 ↑橋梁の先が台場を礎にした東高島駅構内 (宝町踏切から鶴見方を望む)
2021.08.08 補訂などは、当面休筆させて頂きます
2021.05以降の怒濤のアップ+増補のページ(苦笑)
撮影年代は「頃」ですが、未検証なので、違う場合もあります $(_ _)$
横浜駅移転3代の図 神奈川台場と東高島駅 京浜電鉄の線路・駅
の変遷 (横浜~新町編)
 
横浜駅と周辺 1969~     
YOKOHAMA AIR CABIN   瑞穂橋梁(ノースドッグ引込線) 高島貨物線と接続引込線,高島駅 高島貨物線撮影記2021   
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