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湘南モノレール 2021 、祝開通50周年
第1期:大船~西鎌倉開業当時の写真を入れて
2022.06.08 Ve2.05 |
※写真はモノレールの特性上、上下に大きくなるのでスクロールしてご覧ください
※過去写真は西鎌倉開業時は前面「車号無」、江の島全通時は前面「車号入」です。
写真が混じっています。その間は開業時点比較で約1年4ヶ月です
なお、開業以来、道路工事で柱の建替があったのみで柱数の増減は無く、同じ付番で現在に至っています。
昔写真は柱番号によって現在の場所が特定出来ますので、判る範囲で記載しています
柱番号の付番基準:両駅の頭文字1文字ずつ+大船方から柱番号、構内は駅名+大船方から柱番号 |
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↑第1期:1970年(S45)3月7日大船~西鎌倉開通時の開業祝賀装飾列車 西鎌倉駅 |
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↑大船~西鎌倉間開通記念乗車券 鎌倉山トンネルが表現され、未開通部分が鎖線 |
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↑大船~西鎌倉開通祝賀装飾列車の車内。万国旗が飾ってある |
■連結面は車掌や乗客の車両間貫通をフリーにする発想の構造だが、運転してみたらポイント通過時に車両同士が
左右に大きく偏奇して通路幅が瞬間、半分ぐらいに狭くなり、 ヤバイ状況なので当初は急遽ロープを掛けて通行を抑止。
その後、車掌のみが通れる下写真の5202号と同様の腰高の扉が300形以降設置され、非常時以外の一般乗客は通行禁止に。 |
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↑先頭車両5600形は風の吹き抜け対策も兼ねて完全なドアが付いた。
写真は掲載しないが、貫通路踏み板が結構怖い構造になっている。
↓中間車5200形は両端の連結面が従来からの腰高ドアのみ |
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======大船駅から昔の写真こみで沿線の変貌を======= |
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↑憎い!3両模様になっている。その昔の国鉄大船駅はそれは貧弱な橋上駅でした
余談:1966年5月にドリーム・ランドモノレール(通称)が開業し、1年4ヶ月で重量オーバー桁損傷問題が発生
1967年9月に運行休止、そのまま廃線になったが、健全に営業していれば、全国唯一の2社のモノレール接続駅となるはずだった |
=======ハナから脱線 ドリーム・ランドモノレール線========= |
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↑大船駅 改装されて広くなった |
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↑↓西鎌倉開通時は改札口が中央にあったため、乗降場所が現在と逆だった。
※開通時の改札口の位置関係が特定出来る写真が無いので、
記念撮影の画像を流用させて頂きました。職種を超えて改札の応援中 |
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↑大船駅に到着する300形 |
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↑↓ 大船駅下 すっかり整備されている |
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↑↓昔の駅前通り?をクネクネ抜ける |
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↑柱を変形させて道路面歩道幅を確保。大船駅までに数本ある |
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↑横須賀線の留置線にもうすぐお別れのE217。昔は周囲に建物すら無かった跨線橋・・・。
↓車窓から見る留置中のE217系 |
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↑小袋谷跨線橋と非常用ホーム
全線開通の試運転時にここに駅作るの?とおたずねしたら、乗客を乗せて国鉄線路上でやむを得ず停車をした際、無事、乗客を降ろす設備設置がオーバークロス桁の設置の条件で設置したとのこと。
結構な無理難題である。道路改良後も接続工事が行われ、今も存置されていた。
軌道桁を支える支柱が国鉄用地を乗り越える部分が四角柱なのは、その部分の施行が国鉄の監理による国鉄お出入り業者の施工となるため、径間の関係もあってか丸形では無く、いかにも頑丈な国鉄好みの四角柱の設計になったと推測。
↓非常乗降用ホーム |
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↑↓がっちり見えない樹脂でガードされた超憎い歩道と道路
京急有料道路だった1車線のひょろひょろの橋梁が、ものすごく立派に道路橋に変身したのは驚き |
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↑この支持柱は唯一、富士山形の桁支持 ※訂正しました |
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↑↓富士見町駅 遠景 |
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↑富士見町駅の上部のホーム
乗降客も多く、朝のラッシュ時は「押し屋」も配置されていた時期があった。
車体が動くので車両最下部四隅の「振れ止めガイドローラー」が
押し屋による車体の振れにホームのガード側に接触して効果が。
↓下部の道路 |
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↑↓ ニョロニョロと江の島に向けて出発 |
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===== ポイントの動作===== |
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↑(1)ロックされてたトングレール?を油圧で持ち上げる |
↑(2)反対側へ移動 |
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↑(3) 開通方向のトングレールを移動 |
↑(4)トングレールを油圧で下げロックする |
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↑↓開通した頃は某急700形のほぼ、ほぼ電装品を乗せた300形が一つ手前の高台の(湘南)町屋停留所から下りSカーブをバンバンノッチ入れて、ぶっちぎれんばかりに車体を傾斜させて坂を下り、この最終直線コースを最高速度70km/hで富士見町駅の場内信号の制限ギリギリまで飛ばしていた。
※店主の体験ですが、乗り合わすと時間の関係か運転士の皆さん頑張っていました。
元々函形線路の中の走行路面状態は波を打つ形にしかならないので、当時、それはそれはガタガタと表現出来るほど上下と前後動が凄かった。
あまり凄いので保線の方に聞くとレジン製の道床レール?の厚みやその保守に苦労されていたようだ。
さすがに乗客から乗り心地、沿線住民から振動の苦情が出て、全線のスピードダウンが決定され、所要13分から現在14分にダウンしたおとなしい運転になった。
某急の運転士さんも応援??で、300形のハンドルを握っていた。
現在は乗り心地が相当改良されている。 |
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↑富士見町駅から湘南町屋駅へ 運転室後ろの展望 |
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↑道路に沿ってカーブと短直線の組み合わせで上り勾配を登る 柱番号:富町13 |
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↑富士見町~町屋 柱番号:富町16番付近
ガラス挟みSCANでニュートンリング発生につき本来は再スキャンだが、やる気なし
↓振り返って後部撮影 |
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↑↓ほぼ同じ場所と推定 柱番号:富町17 注:NT発生
↑柱立ち上げ部にはガードレールを設置。現在はコンクリトラ巻き
江の島全通時に旅客需要の高い大船~深沢間に区間列車が設定されていた。
今では薪炭の用途も無く、木々も育ちに育って・・・ |
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↑柱番号:富町15~19 |
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↑柱番号:富町19~22直線区間
↑現在の支柱の下部保護はコンクリトラ巻き |
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↑ 柱番号:富町24 |
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↑ 柱番号:富町26付近 NT発生
湘南モノレールは建設目的自体がモノレールシステムの実演販売、
一番儲かる不動産は沿線を既に大手が買い占め、大規模開発・・・。 |
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↑柱番号:23~27,町構1 |
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↑当初は単なる「町屋」の名称。
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↑ホームに昇降するには急階段の駅だった。鉄骨バラック 柱番号:町構2
三菱電機社員御用達だが、山上の駅に平地の下の工場からは登るのはキツイ
ホーム下の屋根はバス停の小屋だったようだ。工場の反対側の平地にもバス路線ありそうだが
モノレール利用者は約40数年はひたすら退社時に会社との坂道とこの急階段を登っていた?らしい。
駅舎に派手にNT発生 以下、ニュートンリングの発生があっても注記しません
※よく考えたら私の写真だ。の証拠になりそう(苦笑) |
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↑↓ 現:湘南町屋駅 1階とホームの間にエレベータが設置された |
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↑後方の三菱電機の工場群 柱番号:町深4~5付近
道路の形態は京急の有料道路のテイだが、このあたりに料金所は無く、脇道から出入放題の状況だった
↓柱番号:町深4番付近 逆方向 ここから一気に最急勾配74‰で湘南深沢に下る |
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↑ 柱番号:町深12~13 |
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↑↓町屋停留所付近からの三菱村?の車窓 |
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↑↓柱番号:町深8 この変貌・・・。 |
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↑柱番号:町深7~8 写真は下の写真の状況から追いつかれて抜かれつつあるバス。
↓ モノレール キター! ↑
モノレールは登坂力にモノを言わせて、最急勾配74‰を駆け上がって京急バスをぶち抜く俊足ぶり
しかし、運賃が安く、地平で乗降出来る京急バスは乗客もかなりいる。 |
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↑↓柱番号:町深10 上の写真に続く 左隅「湘南ボウル」の電柱看板が並ぶ。アパートは現在も時代を重ねている
この谷戸のような状況だが右側は藤沢につながる大平原で、そこに広々と大船工場があった。 |
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↑中々の下り感が味わえる |
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↑柱番号:町深~14、深構1 |
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↑当線の最急勾配74‰の標識 |
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↑写真では後方の線路が74‰の勾配には見えないが。
せっかく撮影したので↑↓貼ります |
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↑深沢駅前に広がる大船工場の更地。工場の跡地だけにいろいろと大変そうだ 車窓より |
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↑全線開通後に設定された深沢行区間列車が深沢駅に到着。
柱に「モノレール専用信号機」と表示
柱番号:深構1※構内の「構」。柱番号の変化は店主の誤認のようで無しとしました。なお、深沢駅は下り線にも大船方の出発信号機があり、線路の入替えずに折り返し運行可能 |
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↑深沢駅 |
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↑深沢駅に停車中の大船~西鎌倉開通祝賀装飾列車 後方は国鉄の職員住宅?? |
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↑300形運転台
マスコンがチープでご立腹だった店主。京急700形の堂々マスコンに変換して欲しかった
運転士は停車して車掌がドアを開ける前に、赤線で示した切替ボタンのどれかを
安全確認のため反位にしていた記憶がある。現在はそのような操作はしていない |
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↑鎌倉山トンネルに向かって加速する。右側は車庫線 |
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↑湘南ボウル 1971年(S46)7月1日の全通5ヶ月後に開業
副業は表向きにこのボウリング場ぐらいしか宣伝されてなかったように思う
惜しくも2021.3.28を以て営業終了となった。よく続いた・・・。
~~~~~~~~~~~↓開場記念乗車券~~~~~~~~~~~
このイメージって当時人気トップの中山律子プロボーラーを彷彿とさせる |
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↑↓湘南ボウル建設中の場所から本線運行中の列車を撮影 |
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↑そして2021.06現在、湘南ボウルの建物の解体が始まった |
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↑早朝深夜以外の運行時間中は全交換駅が営業列車交換に使用中で、1本たりとも臨時列車を入れることが出来ない。
支柱からの振動や桁の響音などが出るので、会社としても神経を使うところ。御苦労様です。 |
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↑開業当時の工事用モノレール
↓車庫線と入出庫線 支柱はコスト安の角柱で構成されている |
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↑柱番号:深構~23、深西1~ ぐんぐん坂を登る |
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↑昔は富士山が良く見える最高の場所だったが、木々が繁茂、住宅も建って眺めはほんの一瞬になった |
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↑江ノ島行は力行をしてバンバン峠をよじ登るテイ。この感じは開業以来店主にとって醍醐味があります。 |
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↑唯一の変電所 デットセクションマーク |
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↑鎌倉山隧道に突入
先の明かりは出口。西鎌倉に向かってかなり下っている
隧道内をカタンカタンと軽やかにジョイント音?を響かせながら走行する。 |
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↑↓ビューンと言う感じで車体を傾けて抜けて西鎌倉駅方向。でも、おとなしくなってしまって・・・。 |
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↑西鎌倉から鎌倉山トンネルに突っ込んでいく308号
↓西鎌倉からの鎌倉山トンネル |
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↑↓深沢方から西鎌倉へ向かう。
赤羽交差点の状況 遠方信号機YG |
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↑↓西鎌倉までの開通時に車体前面の車号標記はされてなかった
308号-307号 支柱の開通祝賀旗の取り付けは何やってんだか |
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↑西鎌倉側からトンネル方向を見たところ 「祝開通」が柱に貼られている |
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↑↓京急の有料道路のおかげで舗装の保守は貧弱だった。当然、歩道なんか無い ↑無残な祝賀旗 |
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↑柱のノッチOFF標識 京急が運転関係を支援した関係で類似形状
本家の方は電圧を見ないで標識でON-OFF運転したら、区間の運転時間の正確さが担保出来ない。と一斉撤去された。 |
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↑↓西鎌倉駅に到着 大船方:301号-西鎌倉方:302号 |
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↑↓西鎌倉駅 ダンプが土砂満載で連行 |
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↑西鎌倉駅で発車を待つ。
駅の祝賀旗?取付業者は何考えてるんだか、風にあおられ無残な状態
店主の思い出としては帰路の切符を買おうとして自販機にお金を入れたら
切符とともに50円玉が際限なく出てきて、慌てて掛員さんを呼んだこと
↓同じ位置から |
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西鎌倉~湘南江の島 その2へ |
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2021.05以降の怒濤のアップ+増補のページ(苦笑)
撮影年代は「頃」ですが、未検証なので、違う場合もあります $(_ _)$ |
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※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所
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