フィルムスキャン&プリントのS、 鈴木写真変電所
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生録付  4連運行特集 10025F、クハ173、175形
上滝不二越線ラッシュ編成
生録付:14770(14790)、14780、10020 7530、12510、147050、
クハ120、160
上横江・横江駅
14720系その1 14720系その2 生録付14760系 サボー!立山砂防軌道 北陸鉄道目次(石川線)
旧型吊掛車(モハ7530、モハ12510、モハ14750、モハ14710、クハ120、クハ160)
 このページの各車の登場当時の状況、製造年、車両性能等注釈については、朝日新聞社世界の鉄道’65、 
 鉄道友の会「RAILFAN」No718富山地方鉄道の車両史(澤内一晃様著)を参考にさせて頂きました。
 澤内様は非常に詳細な調査をされており、届等の日付関係や特に富山電気鉄道、黒部鉄道引継車両に関して本ページの解説に参考や引用をさせて頂きました。 御礼申し上げますとともに、調査発表の御苦労に感謝申し上げます。
 生録BGM※ページの画像を全て読み込んでから再生してください ・再生の方法やお約束については→こちら
 立山→越中船橋迄普通列車43分 14715号→こちら  立山からのんびり山を下ります。
モハ7530形、モハ7540形 
 ↑モハ7532号
   富山電気鉄道モハ200形212号としてS16日車製16m車。写真が歪んでいるのではなく、国鉄半流に遅れまい?と前面が若干傾斜したスタイル。
   先輩※の500形は18m級車体だったが、出力不足に悩まされたため、2m短い16m級車体で製造された。
   写真のモハ212号は2次車に当たり、モハ211,212,221の3両が増備されたが、211、212は12m級のモハ100形(→クハ120形)の電装品流用、
   221は違う電動機、歯車装置を使用したため番号が220代となっている。
   500形がS11新造、211〜12,221がS16新造で写真の解説として500形を先輩とした。   
   写真後ろは7540形7542号。旧モハ500形502号 S11日車製18m(全長18440mm)車。※4を忌み嫌っていたが42を許容するとは・・・。
   500形の主電動機は旧モハ100形の流用で出力が56KW/750V×4のため18m車として出力が不足し、503号は75KW/750Vの主電動機に交換して10040形10043号になった。
   このため、改番後の低出力の4桁番号の電動車は通常はMc-Tc組成とならず、単行以外Mc-Mcで運転されたようだ。

 富山電気鉄道→富山地方鉄道車両表 
製造時形式  製造初年,製造所,定員(座) 改番(昭和24.12.30)  全長(連結器含)、自重  台車・出力・歯車比 
定格速度・定格張力 
モハ101〜3
■モハニ111
クハ1005,1006,
※下記車号遍歴参照

S6、 日車、80(36)   開業時に就役した12m級車体※3の電動車モハ4両、クハ2両(当初モハ、クハ称号無)※2   台車D18
102〜3,125〜127、当初搭載電動機、制御装置は★☆印車に流用。
☆車は後年75kwに載替。◆車は★と異なる電動機で電装、S25電動機載替、
■は荷物合造車。定員36(18)。S13荷室撤去→クハ109
モハ201
モハ202
モハ203,
モハ205,
モハ204→
S16.1.14届モハ206 
S6、 日車、105(28)  7521(S45.7.8廃車)
7522
(S45.7.8廃車)
7523
(S45.7.8廃車)
7525
(S46.8.2廃車)

7526
(S44.7.2廃車) 
15270mm、28.4t  D16,●50kw×4,3.05   48km/h、2000kg/h 
★モハ501
★モハ502 
S11、 日車 120(56)  7541、7542 
(S56.10.26廃車)
18440mm、35.6t  TR25●,50kw×4,3.05   50km/h、1640kg/h   
☆モハ503  S11、 日車 120(56)   10043
 (S56.10.26廃車)
18440mm、35.6t   TR25,75kw×4,3.05   52.5km/h、2040kg/h 
★モハ211
★モハ212
◆モハ221
S16、 日車 110(50)  7531(S55.2.28廃車)
7532(S55.2.28廃車)
7533(S44.6.5廃車)
16930mm、33.5t  D18,●50kw×4,3.05  50km/h、1640kg/h  
 モハ100形車号遍歴
101(S6.8.8届新造)→モハ101(S6.11.18届)※2→クハ1009(S16.11.21届)→クハ125(S24.12.30) →廃車(S56.10.26)
102(S6.8.8届新造)→モハ102(S6.11.18届)※2→クハ1007(S11.5.31届) →クハ1011(S22.7.5届)→クハ127(S24.12.30)→廃車(S44.7.2)
103(S6.8.8届新造)→モハ103(S6.11.18届)※2→クハ1008(S11.5.31届)→モハ102(S14.4.28届モハ503機器流用)
        →クハ1010(S16.11.21届)→クハ126(S24.12.30)→廃車(S44.7.2) 
111(S6.?.?届新造)→モハニ111(S6.11.18届)※2→クハニ111(S11.5.31届)→クハ1009(S13.10.18届)→クハ1008(S14.10.16届)
     
クハ123(S24.12.30)→廃車(S55.2.28)  
1005(S6.9.5届新造)→クハ1005(S6.11.18届)※2→クハ121(S24.12.30)→廃車(S55.7.18)
1006(S6.9.5届新造)→クハ1006(S6.11.18届)※2→クハ122(S24.12.30)→廃車(S44.7.2) 
 ※1 主電動機の出力については世界の鉄道’65では●50KWは端子電圧の換算??
       
「RAILFAN」No718富山地方鉄道の車両史(澤内一晃様著)56kw/750V、歯車比67:22(3.045)となっている。歯車比は四捨五入かと判断するが・・・。
 ※2 富山電気鉄道は昭和6年11月18届で記号を付した。
 ※3  12m級のモハ100形(甲形)、16m級のモハ200形(乙形)を同時に製作しているが、理解するまでもう少し勉強します。
モハ10040形
 
  ↑元は上記にある富山電気鉄道モハ503のみ昭和14年にモーターを75KW×4に交換し、S24.12.30付モハ10043に改番された1形式1両。
     その後、岩峅寺(いわくらじ)側は貫通路を設置してクハと車掌や乗客が行き来できる様にした。非貫通側の尾灯は1灯。台車がTR25とは珍しい。S56.10.26廃車
  クハ120形
 富山地方鉄道(地鉄)クハ125
 ↑125
     S6に 日車で12m級車体の電動車モハ100形として富山鉄道に納められたが、電装解除等の幾多の変化後、32.7.31届けで車体を17m級に延長し全長を17810mmにした。
     S38.5.9届けで富山方に貫通路設置。S40.9.9届、121〜123、125幌設置。同年9.22届、126、127幌設置。車体延長時と推測するが、窓をアルミサッシ化した。
     S56.10.26.クハ125廃車届
、S55.02.28クハ213廃車届
富山地方鉄道(地鉄)クハ121
 ↑ 稲荷町で折返待。↑↓ジャンパ受の関係で左側の尾灯位置が右と大きく違う
富山地方鉄道(地鉄)クハ121
  ↑再訪時は塗装も変わり、「留置車S54.9.12」と看板掲出。 日付入は後年重要な参考になります。S55.7.18廃車届
 モハ12510形
 ↑家並みということで・・・
 富山地鉄12510形12512
   ↑塗装変更前上滝線で活躍中のモハ12512
      黒部鉄道が昭和12年に2両製造したデ51、52号。昭和24.12.30に51→12511、52→12512に改番された。
      昭和18年1月1日に富山地方鉄道に吸収され、同年11月に架線電圧を600Vから1500Vに昇圧したので、同年10月6日に昇圧改造を受けている。
      川重製だがモハ12512は片隅運転台側
タブレット防護保護柵が付いていた2両とも非貫通側(原形)の尾灯は1灯。
     客出入り口は開業時の低床ホームに合わせステップ付だったが、車内ステップ撤去後も車体のステップ跡はそのまま残された。
     ステップの残り幅は切り取り残りがある12512の方が若干幅が大きい。リベットの様子からステップの構造骨が頑丈であったのか?特殊で取れなかったのか?面倒だった?  
富山地方鉄道(地鉄)モハ12511
 ↑「留置車S54.9.12」と掲示されて留置中 ↓反対側   廃車は12511がS55.02.28、12512がS55.07.18
     ドアの配置がユニークである。前後とも片隅運転台の残りのスペースを車掌が扱う片隅荷物つ置き場として、出し入れしやすい様、800mm幅のドアを設けた。
     敢えてモハニという番号にしなかったのは部屋分けしないこの程度じゃ「ニ」にもならない?

富山地方鉄道(地鉄)モハ12511
 ↑岩峅寺側の前面はクハと組むため貫通路が設置された。貫通側の尾灯とジャンパ受栓の位置が他の引継吊掛車と共通である。
 富山地方鉄道(地鉄)モハ12512
富山地方鉄道(地鉄)モハ12512
 ↑塗装変更後の姿 。タブレット保護柵が残存している。S55.7.18廃車
モハ14750形
富山地鉄千垣橋梁,14752号
↑立山線千垣〜有峰口間の常願寺川を渡河する、千垣大鉄橋
  観光名所で列車が徐行する鉄橋が多い昨今、ここは河川を直角渡りの法則で、前後に急カーブがあるため、低速で直線橋梁を渡る。

 ↑↓富山側と立山側の前面。立山側はクハと組成するため貫通式となっている。後年、14753以外非貫通型に再改造
 富山地方鉄道(地鉄)モハ14752
↑14752号。岩峅寺近辺まで降りてきて撮影。風が強く、貧弱な防寒着では寒くて記憶がほとんど飛んでいる。
富山地鉄141750形14752
  ↑片側が非貫通の車両とは、地方私鉄模型にぴったりの題材。
富山地方鉄道(地鉄)モハ14751
 ↑14751の貫通側   電纜受けが3カ所に集中し、テールランプも非対称な配置でなんか異様状況。この系統のモハ、クハの貫通側は大体同じ配置。
    元々非貫通であったが、相棒とされて組成可能工事を受けたクハ160形と連結するため昭和33年〜34年に電鉄富山から見て稲荷町側に貫通路を設置した。
 ↑ モハ14751富山駅方が非貫通、クハを増結する寺田方は貫通路がある。電纜をつないだ状態。訪問時既にHSCブレーキに改造されていた。
富山地方鉄道(地鉄)モハ14751
 ↑台車は昭和44年11月(S45.2.10届)にD16釣合梁式から吊掛式新形式NP4に交換された。
    高速走行の新性能車の増結メインの運用になってきたため、釣合梁独特の揺れを無くすため、新台車として走行レベルのアップを目指したようである。
    Tcはクハ160形2両がHSCブレーキに揃えられていた。
    なお、鉄ピク642号P31にモハ14760形と併結運転の写真が掲載されており、その文中でモハ10020とモハ14760は併結不可の一文がある。(14750形Wikiにも)
    写真を掲載した解説文なので、後日訂正が別の号で掲載されたかも知れない・・・。14760と10020とは本当に併結運転が不可だったのだろうか?
    14755のパンタグラフは下部が板枠式簡易PS13っぽいパンタである。
 ↑↓14752号  客ドア中桟付きアルミサッシ窓、頑丈そうに取りつけられたスノープラウ付きです。
     
他社の車両を導入するまで統合以前から富山地方鉄道の車両は日本車輌製が多く、14760形に至るまで自社の新車は 日車製でその縁は深い。
         本車も 日車製の車体長17830mm(全長:連結器含)ロングシート車として日車で製造された(昭和23年11.17届)
         当初は割当製造でモハを多数製造出来ず、モハ1501-クハ1051、1502-1051だった。
         昭和24年の一斉改番でモハ14751-クハ161、14752-162とされた。昭和26年にクハを電装してクハ161→14753、クハ162→14755(4は欠番)となった。

         その後、制御装置関係の更新、ブレーキのHSC化(S37.8.17届)を行って新性能車の増結車として活躍した。
         14751、14755は平成3.5.22廃車、14752、14753は平成7.10.10廃車
  ↓14752 タブレット保護桟受付 画像のきめ細かさで白黒も掲載と云うことで(苦笑)
富山地方鉄道(地鉄)モハ14755
 ↑↓17455の両側 客ドア中桟無し、乗務員ドア中桟有。地鉄の乗務員ドアは横引戸なのでこのような冗談上段固定、下段持ち上げもアリとは思うが、乗務員さんは監視などやりにくかったのではと思ってしまう。
クハ160形
 
 ↑クハ162  Oh!ワンダフル!! 両車の客ドアに中桟が入り客窓と美しい統一美を放っている!!クハは乗務員室窓も統一位置に中桟が〜ぁ!
   射水線用クハ1301として相棒のモハ1201とともに15830mm(全長)、D18台車でS23.11.17竣工届で登場した。
   S24.12.30の大改番でモハ1201→デハ12053、クハ1301→クハ151(初代)に変更
   ※デハの名称は射水線(600V)で使用。射水線の低床化で本線に移籍、
   さて、後の牽引車となる14750形は当初、モハ1501-クハ1051、1502-1051で就役、 昭和24年の一斉改番でモハ14751-クハ161、14752-162となった
   これが初代クハ161、162であった。昭和26.10届でこの2両が電装されてモハ14753、14755となった。
   デハ12053はS26.10届の電装解除で空いた2両のクハ161、162の番号をモハから振り直した。モハ12503はクハ161(2代目)に、相棒のクハ151はクハ162(2代目)となった。
   S31年(S33.212届)14750形の制御装置等の変更により本車もマスコンを同様物に交換、その後も歩調を合わせてS37電鉄富山方の運転台撤去、貫通化、S38.HSC化を行った。
  このためモハ14750形としか組成できない貴重な制御車として活躍した。※乗務員扉は埋められなかった。S55.8.6に2両廃車形式消滅

  ひょっとすると新性能車グループとも制御車として連結できたのかなぁ〜
富山地方鉄道(地鉄)モハ14770+14750の3連
↑富山地鉄は吊掛車のブレーキを車種限定ではあるが、当時の花形新性能車発電ブレーキ付HSC-D装備の14720〜14770グループに対応したHSCブレーキに改造。
  カルダン車との併結運転を行っていた。写真はオールcMc×3連の超強力な列車だ。
 モハ14710形・クハ10形
富山地方鉄道(地鉄)千垣橋梁
↑千垣橋梁を行く。雪の中大変な思いをして、何でこんな撮影場所をチョイスしたのか、未だ不明。上の橋から撮影すれば良かったのに。
富山地方鉄道(地鉄)クハ13
↑名鉄が富山進出を狙って、気前よく2ケタの3800系14両を富山地鉄に「貸出」してその後、正式に地鉄車両になった。クハ13    
 
  ↑押し上げる安全性を担保にしたのか、富山側にモハが付く。全編成がこの向きかは調査中←放棄 この14713は運転室後位窓にタブレット保護桟が入っている
富山地方鉄道(地鉄)クハ11
  ↑ 簡易的に見えるスノープラウを付けている。夏は下記のように取り外しているが、取付金具が見える。客ドアが前後で違う。
      ↓後年訪れた時はプレスドアになっていた。
     この塗装故、ブルートレインとあだ名され、ややマイナーな立山線で主に使用されていた。後ろの14711運転室後位窓にタブレット保護桟入。
   晩年のシールドビーム2灯化や非貫通化、雷鳥色に塗り替えられた姿を撮影してないのは、本来なら悔やまなくてはいけないのだろうが、まぁ、あの格好・・・。
   その時期に訪富してないためオモチャ的な増灯前照灯や前面非貫通化、雷鳥色化の写真はありません。
富山地方鉄道(地鉄)クハ11
富山地方鉄道(地鉄)クハ18
貫通路窓がHゴム化されている。この形式は細部が全部違うのではないかという感じがする。←全車見てないので推測・・・。
名鉄アルペン特急「立山」
富山地方鉄道にも傘下にと触手を伸ばしていた名鉄。「アルペン特急立山」このほか「宇奈月」もあった
生録付
4連運行特集
10025F、クハ173、175形
上滝不二越線ラッシュ編成
生録付
14770(14790)、14780、10020
7530、12510、147050、
クハ120、160
上横江・横江駅
14720系その1 14720系その2 生録付
14760系
サボー!立山砂防軌道 北陸鉄道目次(石川線)