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長崎電気軌道 2026.04
2026.05.03 UP Ver1.01
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| ↑おっと笑点が露面で合唱(焦点は路面で合焦) $(_ _)$ |
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↑赤タコ坊主
何だかこのオデコのテリ具合が好きだナァ・・
前面看板広告枠のキャッチは老人には出来ない・・ |
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↑黄タコ坊主
前面看板広告枠の掲出物はデザイン優先、小さくて文字が読めない |
| 202形 |
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↑200形でまとめたいところだが形式は
201,202形になる
※201形は撮影出来なかったので省略 |
1950年(S25)に奇数番号は日立製作所201形、偶数番号は日本車輌202形と分けて発注し、合計10両が入線
奇数、偶数各5両づつの製造だが、こんな形式附番は全国此処だけでは
冷房化偶数車は屋根に諸機器を搭載するため、1988年製の木製屋根組にキャンバス貼り構造を鉄板に変えた張上屋根化した
その他の360形までは似たり寄ったりの改造で長崎電軌の車体更新車は一部を
除き遠目では見分けが困難になった。
総称200形の履歴上は2026年現在で76歳となる。店主より4歳上 |
↓西鉄560形を模して製造したので登場当時の車体と屋根はこんな感じ
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| ↑度々の改造を受ける |
【前面中央窓】ワイパー機器を避け上部をHゴム化、下段アルミサッシ開閉可能化
【左右窓上部】隅切りとHゴム化、下段アルミサッシ開閉可能化
この細かい窓開け処理により夏期の乗務員の通風対策を強化した
■方向幕の大型化⇒表示自動化 ■ワイパーを上部に移設、
■ワンマン用バックミラー開閉自動化 ■上部窓ワイパー取付
■前照灯位置を屋根部から腰部に変更 ■シールドビーム化等々
外見だけでも随分と変化している |
■ 201、202形は浦上車庫を出歯亀撮影してパン上げしている201、留置状態の202を確認出来た。その他は走行しているのか、どうかは謎だった
204,205,206の3両は廃車、用途変更になっている |
| ↓浦上車庫を覗いた結果 |
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↑201,202号は浦上車庫で確認
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↑↓208号と304号で確認したが
窓1つおきに中桟から窓下まで硝子の外をプラ板で覆っているが
これは何だろう??撮影日には、この2両しか確認出来なかった |
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| 211形 |
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↑211形は201,202形の同系の増備車で1957年(S32)製
メーカーは日立にまとめて6両が発注された。
211~216号全車健在
※車両によって左前面側窓の隅切りの有無がある |
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↑212号
浜町アーケード←→めがね橋間
212,213,214は左前面側窓上部の隅切無↓ |
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| ↑朝間、浦上車庫⇒蛍茶屋⇒浦上車庫の区間運用をこなしていた |
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| ↑勾配を登って崇福寺に到着寸前 |
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| ↑214号 |
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| ↑215号 |
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| ↑216号 |
| 300形 |
| 300形の前面は未確認の303,306以外は両サイド側窓の上部隅切りが行われている |
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| ↑左 301号 |
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| ↑302号 |
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↑↓現車を見た限りでは窓上の横長広告
取付可能車は304,305号のみだった |
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| ↑305号 |
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| ↑学休日以外の平日朝ラッシュに運行される臨時増便? |
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↑車体は文字、ロゴだらけのブルーメタリック塗装・・・
望遠で撮影する限り車体中央垂下は300形全車が顕著のように見える |
| 360形 |
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↑1961年(S36)に日本車輌で7両製造
長崎電軌では初のコイルバネ台車日車製NK25が採用された
総称200,300形との前面の違いは
左側の上部窓の隅切りが無く、雨樋が付いている |
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↑前面は西鉄福岡市内線の1000形を参考にした言われる
写真は福岡市内線から3車体連接化されて筑豊電鉄で活躍中のもの
前面両脇の小窓上の雨樋がついていた時代(その後撤去)
種車等は店主の筑鉄3車体連接編をご覧ください |
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| 370形 |
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| 崇福寺(旧電停名:正覚寺) |
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■↑光壽山 正覚寺フェイスブック ※公式サイトは無いようです最終更新2022年(インスタも)
■崇福寺Wiki※公式サイトが見つからないためWikiのページをリンクしました |
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| ↑ホーム下に川が流れる |
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↑↓橋梁上がホームになっている(名称:正覚寺下橋梁)
単線なので赤迫~崇福寺の1系統のみが運転され、数分で折り返す |
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蛍 茶 屋
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| ↑蛍茶屋車庫内 |
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↑勾配上に電停があり、運転士は転動に神経を使う
停留所の奥にはビルがあって電留線が2本あり(蛍茶屋車庫)
目測で6両/線=12両は留置出来そうである←いい加減です
車両の変更も車両を庫内に引き上げることで実施している
乗務員の施設もあって、漸時交代する光景が見られる |
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| ↑すぐ折り返さずに一旦入庫する307号 |
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| ↑こんな写真しか撮影してなかった・・・ |
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| ↑↓茶屋の娘がいらしゃ~い(笑)↓ |
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| 500形 |
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1966年(S41)12月にアルナ工機で6両が製造された
主要機器は大阪市電の1701形の機器を流用して製造単価を抑えた
台車は約20年後の1986~1991の間に全車、大阪市由来の
JG77Eから西鉄北九州線由来のK-10に交換された
501号は2014年(H26)03.31付で廃車されている。他の5両は現存 |
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↑↓現車確認では505の前面左窓の上部は切り欠きが無い
501,502,504の3両は未確認 |
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↑店主的には「白坊主」と言うような屋根では無い
この広告電車の「ド・ロさま」とは→こちら
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| 息抜き企画 新地中華街 |
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| ↑メイン通りは写真の奥の白い柱(鳥居?)手前まで |
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↑奥行きが無いと言うか飲食店舗数が無い
さらに14時~17時まではメインの飲食店がほぼ閉まる大惨事
修学旅行生も行く当て(入店して楽しむ等)が無い・・・。 |
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通りで唯一見つけた製麺所
来訪記念にえ~え~宅配依頼しました・・・。 |
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| 店舗Aのちゃんぽん |
↑店舗Bのちゃんぽん |
ちゃんぽん,皿うどんの2大麺のために他のメニューが売れない店舗・・・
食事の結果、ベースがあっさり鶏ガラ出汁に
キツメの塩と砂糖もで・・・想像以上にシンプルだった
これ以上のコメントは致しません
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若き頃に食べた四海楼(大浦天主堂電停近く)に
チャレンジ行くが休憩中で痛かった
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観光地長崎なんだから新地も含めて通し営業やって頂戴~よ
新地中華街は何だか廃れる一方のように思えたが・・・。 |
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| 店舗Aの皿うどん |
店舗Bの皿うどん |
1200形
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↑高価な軽快電車2000形を諦め、車体を新造、艤装品は
手持ちを流用してアルナで1982年(S57)に一気に5両製作した
台車は西鉄北九州線のK10形,主電動機は38kwのSS50を使用
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↑↓1201号は台車+主電動機が手当出来ず、
直接制御のまま、マスコン等も未更新のまま現在に至る |
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↑↓1202~1205は使用開始の約20年後の2003(H15)~2005(H17)年に制御器を間接制御化、ブレーキシステム2重化
台車を西鉄北九州線600形由来のFS51に
主電動機を同様に38Kw×2から45KW×2に交換した
書類上の分類も1202A~1205Aとなった
マスコンは新型に変わっているがブレーキ弁は従来の形 |
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| 1300形 |
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1987(S62)~1989(H01)にかけて5両製造された
手法は1200形と同じだが
西鉄福岡市内線300形KL11台車、主電動機等を譲受使用
※西鉄福岡市内線300形1963年(S38)~64年製造→
1977年(S52)北九州線に転属稼働1985(S60)廃車 |
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1500形
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1200,1300形の後継として車体デサインを大幅に変更して
1989年(H5)~1997年(H9)に7両が竣工した
ちなみに1400形は忌番(形式)のもよう |
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↑崇福寺発車
↓蛍茶屋発車 |
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↑↓1507号だけが2010年(H22)に
1202~1205と同様の間接制御化が行われた
※各写真を見ると運転士の握るマスコンの形が違う |
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1700形
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1999年 H11に1701,02の2両が登場
1500形と製造思想は同じ台車は旧700形の日車D16NA |
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| 1800形 |
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↑↓2000年(H12)に1801,02が2002年(H14)に1803が稼働
前面側面とも形状変更し、中央扉は2枚×2の見かけ4枚折り戸 |
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↑台車はFS51、45kw×2の西鉄600形セット
初の間接自動制御が目新しい |
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| ※3000形、5000形は走行写真撮影出来ず・・・ |
6000形
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↑超低床車両の切り札になるか
連接構造の車両は車体が長い割に収容力が低い
運転席部分のスペース取り過ぎ
収容力を大きくすると降車時に
ワンマン運転の遅延障害がでる
単車でこの収容力、この運転台スペース、
足置き場を譲り合ってこの座席なら何とかなりそう |
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↑台車はコイルバネ方式だが
速度も低いので乗り心地は非常に良い |
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↑ブレーキ段数をもう一段弱いのを追加して欲しい
ガクンと止まるのがつらい |
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| ↑段差はぴったり無い |
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| ↑台車の山も全く気にならない勾配 |
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↑足出しのトラブルはどうなのか
実際の乗車では満員時でも皆さん足を引っ込めていた
握り棒は離着席時を考慮して左右のどちらかを握れる |
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| ↑単車ならこの形式で充分なのではと思う努力作 |
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| 詳細は会社発行のパンフレットで |
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| ↑↓小学生時代を思い出す人いるんじゃないでしょうか |
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| 中島川橋 |
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↑浜町アーケード電停とめがね橋電停の間
にある専用軌道の中島川橋 |
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| ↑がっくりレールが下がっているが制限速度は10km/hと低いので平気? |
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| 参考文献 長崎電軌100年史(ダウンロードページ) 世界の鉄道’73 朝日新聞社刊、長崎電軌関係Wiki 御礼申し上げます |
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