本ページ作成するに当たり鉄道ピクトリアル私鉄車両めぐり特輯Ⅲ藤原寛様、NO.553号吉岡壽一様の記事、朝日新聞社世界の鉄道'65,'76を参照させて頂きました。
京福叡山線デナ122
 店主が鼻汁垂れ流していた中学の修学旅行。団体行動からこっそり抜け出して京福電鉄の叡山・嵐山巡りを敢行。
まずは憧れのデナ21やデオ300のいる叡山線へスタコラ。修学旅行時代とそれ以降のミックス写真です。  京福嵐山線へ
ポール集電2種 
京福叡山線ポールホイール
 ホイール集電
前照灯の縁がベコベコ。ポール上げ下げの際にガンガン金物が当たってこうなったのか?
この調子では前照灯のガラス結構割れたのかも ※S47.12迄に全車スライダーシュー化された
 スライダー集電
京福叡山線ポールスライダー
 ↑スライダーシューはS53.10.18迄使用
京福叡山線デナ母線(ブス)ジャンパ渡 
   ↑連結組成はポールを複数上げられないので、前照灯の下に母線(ブス)ジャンパーを設けて引き通した。
デオ200、300は連結すると鞍馬線の上り勾配ではホイールの集電容量が不足するため、各車のポールを使用しないと運転できなかった。母線ジャンパー栓受けはデオ200、デオ300共に床下に移設されたが、どれが該当栓なのか不明。←前面ジャンパ栓部拡大も蓋に「母線」注記が無いので・・・。
デオの連結運転はホーム長がギリギリかつ、操作車掌が1人乗って3人乗務になるため、ほとんど運転されなかったようだ。
さらにデオ300は貫通路があっても先頭車は連結部で先頭車車掌によるポール操作が必要なため、幌を渡すことが出来ず、宝の持ち腐れ状態であったようだ。スライダー化されると集電容量が上がり、2連でもシングルポールでOKになったようだが、幌をつないで貫通使用したのか店主調査不足です。
京福叡山線ポール 
 ポール座 碍子で木の下駄を履かせその上にポール台を載せている
ポールはボルト4箇所止めでスッポン抜!のようだ
 京福叡山線ポール架線構造
 ↑車掌さんしっかり紐を握っています。
鞍馬線と八瀬遊園方面がクロスする架線にセクションとトロリーガイド?が取り付けられています。
 京福叡山線ポール架線分岐器
京福叡山線デナ126
デナ126単行鞍馬行き 
修学院亘り線に架線が無い。惰行で亘ってからポールを嵌める方式のようだ。
車掌さんは車内改札よりポイントごとにポールの操縦士、さらに転線時は外すタイミング見て嵌める。←嵌めるのは実際見てません。
うまくポイントを通過すると「チンチン」とベル合図を送っていた。
離れ業のようだがホイールやスライダーを嵌める時は停止して行ったのかも。
 
 デオ300形
 京福叡山線デオ301
 ↑ホイールクルクルのポール時代のカット
前面は原型。車掌側の窓が製造当初のまま

※各ジャンパ栓拡大しても銘板が無く母線ジャンパ栓けがあったとしても?ですが、左側の単栓かなぁ~。
京福叡山線デオ302
 ↑300形 出町柳駅 カビっカビのネガですいません
京福叡山線デオ302
 デオ300形はポール集電時代のラストを飾る全金属車体、WNカルダン駆動、台車はKH-23型空気バネの最新鋭車。
 S34に301、302の2両が日立で新造された。
 75kw×4個モータでこの車体。ワット数だけで言えば語弊がある鴨だが、京急1000形非冷房車と同じ主電動機出力である
 当時はスピードリミッターなど無かったから、デオ300形で鞍馬を往復したハナタレは、旅館でその晩すごい夢を見ることになる。

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 1日中、団体行動を抜けて何食わぬ顔して旅館に戻る。その晩の夢。
 鞍馬に到着した後、返しのデオ300の運転士さんとお話。『そ~か修学旅行で抜けて乗りに来たんか』、店主:「ポールの電車ってそんなに速度出ないんですか」『そんなことないで~』車掌さんが運転台に立ち寄った時に『横浜からわざわざ乗りに来てくれたんや。紐しっかり握っといてや』山から平野にさしかかる付近で偶然お客もゼロの車内。『ポールの電車でも出るでぇ!』と。ノッチをカリカリ・・・で、下り勾配もあってスピードはみるみる上昇。カーブは遠心力をうけてものすごいことに。スピードメーターは**km/hを超え、全制動で某駅にピタリと停車し、にっこり笑う運転士さん。冷汗の夢を見た。
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今まで見た夢のうちで未だに最高の夢である
デオ(大型車-オオガタ)といっても全長16,140m、デナ21型(中型車-ナカガタ)比1,556m長いだけである。小型車は在籍してなかったので「デコ」なる形式は無かったよう。
京福叡山線デオ302
↑↓車掌側の窓が上下の窓が開閉式になり、集電装置がスライダー式になった。
京福叡山線デオ302
 ↑客窓は片側5箇所が開閉可。上段固定、下段のみ上昇式なので、通風量が少なそうで、京都盆地の暑さには弱かったのでは無いか。
京福叡山線デオ302
京福叡山線デオ302
京福叡山線デオ302
京福叡山線デオ302
 京福叡山線デオ302
 京福叡山線デオ301鞍馬駅
鞍馬駅  (昔のSCANです。デジタルICEバージョンが古すぎて茶→紫の退色変換です-苦笑)
京福叡山線デオ301
 ↑デザインは流行ったケ-ブルカー灯列配置?否、デナ21の流れか
拡大:ポイント通過のため車掌さんが紐を車内に引き込んでしっかり握っている状況です。
スライダーシュー化された後ですが、こう見ると貫通路上のプロテクタバーの役目がよくわかります
京福叡山線デオ301ポール操作
 京福叡山線デオ302避雷器
 ↑必殺、針金グルグル
 京福叡山線デオ302KH23空気バネ台車
↑ KH-23型空気バネ
ベローズにこれでエアを供給してます!風なエアホースが露骨です。
 ブレーキシリンダは片側1箇所づつの梃子押し方式 ドア脇の縦書「自重・定員」銘板がシブイ
 京福叡山線デオ302床下機器
 スライダー時代302号ホイール時代301号の床下ですが、両側揃いと言うことで
京福叡山線デオ301床下機器 
 京福叡山線デオ301床下機器
 京福叡山線デオ302
デオ300形 (車掌側窓改造前)
S34に日立で2両製造された。車体長は16,140mm、KH23空気バネ台車に75KW×4、WN駆動 、車重は29t
叡山線随一の俊足を誇った。残念なことにS62、63に順次廃車となった。もっと古い車両の部品が流用されているが、300形はほぼ流用されていない。京福は吊り掛け文化が根付きすぎていたのだろうか。

なお、パンタ化以降、中央の窓でポール紐の操作が不要になり、中央窓を開閉する必要が無いためこのデザインが出現(写真は大苦笑)。
※ヤッスイ交換専用レンズメーカー組み合せのフィルムカメラで大失敗の巻き
自らの腕のなさ+ヤッスイ解像力トホホ~
 
 デナ21系
 京福叡山線デナ123
 ↑↓デナ23
 京福叡山線デナ123
 デナ21系
 ナカ(中)形デナ21は京都電燈(出町柳~八瀬)が4両、同じ車体で電制付きのデナ121を鞍馬電気鉄道が6両保有していた。
全車日車製で台車はD-15。
その後ブレーキ装置をデナ21に合わせ、デナ21は下記の事故で不足した車両を補うため、S40電制を付加して運用を共通化した。
事故前の合計は10両だったが、S39.デナ121,123が正面衝突で廃車、121一族は2両減。併せて8両時代が長く続いた。
※鉄道ピクトリアル私鉄車両めぐり特輯Ⅲ藤原寛様記事
S25.1嵐山線ク201牽引車としてモ121~124の主電動機を2個→4個化するため、121~4が装着していた東洋80HP(60kw)×2/両×4台計8個をデナ125、126の60HP(44.8kw)4個と換装した。→しかし数が・・・。←嵐電モボ121形の項をご覧願います(飛ばない場合はページ中ほど)
デナ121~124の110HP各2台/両計8個(東芝・GE)はS26.4東洋80HP×4台/両に換装された。と記載あり
121形はS29.7ドアエンジン取付、21形はS32.4取付
京福叡山線デナ125 
 中央窓上のプロテクターバーの右半分が紐で磨かれている
京福叡山線デナ122 
 ↑↓スライダーシュー時代 ↑これだけ窓が開けば車内の通気は最大級。
 
 京福叡山線デナ22
デナ22号形式写真(ホイール時代)
店主が一番好きな1コマ。憧れの車両なのでハナタレ慎重にリコーフレックスのシャッター切った会心の作。
 京福叡山線デナ1廃車体
↑デナ1形廃車体 
 デナ500形
 京福叡山線デナ507
 ↑阪神電鉄の大型車両増備に伴って10両譲受しS39~S58まで活躍。デナ1形6両全車が代替廃車となった
 京福叡山線デナ22、504
   ↑元阪神の504号。
貫通幌が使えないような急ごしらえ感のポールのリード線プロテクタバーが取り付けられている。
※車両によって有無があるよう。
連結用の母線栓は屋根上にある。
 
↑↓ホイールクルクル時代  
 京福叡山線デナ502
京福叡山線デナ500形
↑↓スライダーシュー時代 
 京福叡山線デナ503
デナ500形
旧阪神電鉄800形834、837~839、841~843、847、849の合計10両を譲受し、S39から二軒茶屋~鞍馬間を除く全線で使用された。
田中車両と川車でS3~4に製造された半鋼製車。車体長は14,725mm、BW-78台車※イコライザ、制輪子の両・片抱きの差異アリ。主電動機はTDK513-T48.6KW×4、S54~58にかけて代替新造車に部品を譲り廃車となった。
デオ200形
 京福叡山線デオ204
 京福叡山線デオ201
 京福叡山線デオ202
デオ200形202 
S26.1に201、202が同2月に203.204が近畿車輛で合計4両製造された。車体長は15,900mm、近車K-6イコライザ台車に75KW×4吊掛駆動 、車重は叡山線最重の35.3t
2018(平成になるのか新元号になるのか)に新型車両お目見えのニュースリリースが上がったが、正直、世も末という感じである。
都市景観の一環として考えるにもデナ21系のあの優雅なレトロフューチャーな思いに駆られる。温故知新・・・。珍故知爆・・・。
元田中の京都市電との交差
京福叡山線元田中京都市電交差 
 京福叡山線元田中京都市電交差
京福叡山線元田中京都市電交差架線
 ↑↓ビューゲルのスライダー部分に疑問が
↓の写真で見る限りスライダーの進行方向に叡山線の溝カバーが無いのか?
そのままスライダーが叡山線の溝に落ちて嵌まり込んでしまうのでは無いかと思える。
シャッター切るのに夢中で実際の瞬間を見逃しているだけに悔しい。
京福叡山線元田中京都市電交差架線 
 ↑叡山線の架線は前後の写真から見ると絶縁されてないよう。
京都市電側はクロス区間前後を絶縁している。同じ600Vなので気にしなかったのか
 京福叡山線元田中京都市電交差
 京福叡山線元田中京都市電交差
京都市電が叡山線に乗り入れていた分岐跡 
S24.12~S30.9.1まで京都市電が市営競輪開催日に限り、山端駅(現宝ヶ池S29.7.1改称)まで叡山線内ノンストップで競輪客を輸送していた
京都市電の使用車両は車体長13,800mmの1000形↓写真1012号。京都市電では最大の車両
ノンストップの理由は諸説あるが、競輪客の専用輸送と低床ホームを山端駅のみに作ったことから競輪輸送専用が妥当であろう。
 
京福叡山線元田中京都市電乗入用1000形
 ↑↓叡電に乗り入れていた1000形(修旅バスより)
 
京福叡山線元田中京都市電交差
 ↑叡電元田中駅 市電は「臨時」・「急行」の別円盤付けた西大路九条行 
京福叡山線元田中京都市電交差
 ↑「急行・烏丸車庫」行 
京福叡山線元田中京都市電交差
 ↑「急行・行き先不明」後方に叡山前電停で降りた学生が固まっている
ついでに京都市電
  (S43修旅バスから撮影。まぁコンナ写真も記録と言うことで)
シブイ!~524号
 ↑帝産バスの色が地方私鉄の色っぽくて~
京都市電1854号
京都市電1924号
京都市電1846号
京都市電909号
京都市電708号
京津線準急車両変遷  京津線80形  石山坂本線  京福嵐山線    
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