フィルムスキャン&プリントのS、 鈴木写真変電所
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静 岡 鉄 道 静 清 線 (カラーはハーフ判)
画像は全て試験的に粒子平滑化ソフトを使用。輪郭が柔くなっています。
録BGM:300系ミュージックホーン吹鳴運転 ※画像を全て読み込んでから再生してください
運転中のミュージックホン吹鳴を中心にするため、継ぎ接ぎです。
※お詫び。急行と標記していましたが、どうも普通のようです。2016.05付記
302号普通列車の吹鳴運転と、ミュージックホンをOFFにするスイッチ音や加速音、国鉄と平行しているので、停車中に長編成の貨物列車、80系に抜かれる等が順次聞けます。後半数秒途切れますが、まだ少しあります。力走中で終了
こちら
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 岳南電車2016 静岡鉄道2016   ・  静岡鉄道駿遠線 
修善寺虹の郷 ロムニー鉄道
岳南鉄道(昔旅客車編) 岳南鉄道の機関車今昔  静岡おでんと由比の桜エビ
長沼車庫全景
 ↑最初の訪問時の長沼車庫留置線。100形 300系は貫通タイプ。そろそろ傍流になっていた21系が2本いた。1970.07撮影
静岡・清水線 21系のナゾあまりに資料が手元に少なくて・・・。
■画像のリンクに御協力をくださった皆様に厚く御礼を申し上げます。(順不同)
 ・月影様ホームページ「THE電車」
 ・思いで鉄道探検団様 思いで鉄道探検団
 ・M.TADA様 汽車・電車1971〜
 ・む〜様 む〜さんの鉄道風景
■参考資料
鉄道ピクトリアル1963.1奥田愛三様著、静岡鉄道、朝日新聞社刊世界の鉄道’66他
以下車両記号、諸元は世界の鉄道’66を基本として記します。(各社の回答を基にとあるので・・・。)
※20系の撮影時期は1970(S45).7月です。
■21系 稼働時期のナゾ
静鉄は他社と同じく湘南電車のお面作りの流行に乗った。
静岡線では1958年4月(S33)(書類上)に自社長沼工場で製造された、車体長14.14mのクモハ21+クハ21のの固定編成が端緒。
奥田様の記述によれば、1957年秋に静岡市で開催される国体に合わせた輸送力増強車両との記述があり、1957年.6月にクモハ21、クハ21が竣工とある。
次いでクハ6の計3両が竣工、クハ6はクモハ6+クハ6で活躍の後、クモハ22が竣工した際に相棒として改番、固定編成化したとある。
国体に合わせるためとはいえ、書類から見れば、1958年に竣工したときはとっくに開催が終了していておかしい。
クモハ22が1958.11に竣工し、クハ6をクハ22化してと組成して稼働した記述があり、1959.4月設計認可と付記がある。
世界の鉄道’66はクモハ、クハが1959年になっているので多分、車両を先に製造して使用し、役所への届けを後にしたようにもとれる状況と考えるファン的な解釈としたい。
実際の稼働時期のナゾは深まる。

なお、特徴として
・21Fの側面は2段窓で上段固定、下段開閉式。
   竣工まもなくは前面の車号表記を窓下中央ラインを境に2と1に分けて21と大書していた。
・クハ6、クモハ22から側窓の上部がHゴム固定の俗に言う「バス窓」化で竣工
・23、24Fは車体長を14.39mに延長、車体幅も7cm拡張し、乗務員室扉付きで登場。
   車端部は連結器の関係からカーブで裾が一段下がっている。 
・23Fは1960.11設計認可(1960.4竣工?)、24Fは1961.01(1960.10竣工?)に車両増備認可と記されている。
・25Fは正面上部中央に方向幕を付けて1962.1車両設計認可(1961.04竣工?)となっている。

まぁ、地方の鉄道は所管する出先の監督官庁「緩いのが当たり前の時代(尻をたたいても書類が会社が出てこないという話もあり)」
今のネット社会で、内緒で改造して試運転したら即刻、タレ込まれる御時世とは全く無縁のよき時代であったことには違い
ない。

■お面の百変化のナゾ(改造時期の不明だらけのパズル?)
1-1 前面ベンチレータ改造取付車
   製造当時はクモハ21、クハ21は大きな4隅R窓であった。
   ところが、スタイル重視のためなのか、運転台に風を入れるような構造でないので乗務員から苦情殺到?
   で急遽、窓下左右にベンチレーターを取りを付け、取り付け寸法を確保するため、ガラスの下辺を詰める方法を取り、
   ガラスを取り替え?。  強化ガラスは切ることは出来ず、新製となる。強化ガラスで無ければ切削加工可能・・・。
   竣工直後の写真を見てみたい。
1-2 前面ベンチレータ竣工時取付車
    クハ6(22)、クモハ22から取り付け済みで竣工と思われる。しかし、
    奥田様のクハ22の説明の項で「33年.11月にクモハ22が竣工すると(中略)クモハ22と大差が無いが、出入口の形と
    前面フロントガラスの形が異なって・・・」の記述で、上位機1-1の改造組かもの疑念はある。
    またはガラスを21Fの時に一緒に納品されて既に在庫していた?
1-2 前面ベンチレータの撤去  
    雨水の浸入や冬期のすきま風苦情?があったためと思われるが、晩年に撤去されている。
2-1 方向幕その1
    25Fが前照灯の真下に方向幕を付けて竣工、その後21F〜24Fの前面左側に設置したと思われる。
2-2 方向幕その2
    中央取り付けの25Fは、左側に付け替え
2-3 方向幕その3
    21F、25F方向幕撤去、埋める。(22、23、24未確認)
2-4 方向幕その4
    方向幕窓を左上に復活し、
    22は外した4隅R付き大ガラスを復活?行き先板差枠を撤去
    25は4隅のRが小さいが、大きな前面ガラスに直す
3-1 ヘッドライトその1
    23Fシールドビーム2灯化(方向幕撤去と同時期施工?)
3-2 ヘッドライトその2
    23F(2灯シールド)を除き、1灯シールドビーム化
3-3 ヘッドライトその3 
    23Fのヘッドライトを他と同様に1灯に改造
4-1 車体
  (1) 客用窓 
     21Fは2段窓下段のみ開閉可能タイプで竣工したが、その後他編成と同一の窓タイプに改造された。
  (2) 乗務員扉 
     21F、22Fに取付け工事を行った時期?
    
5 21系の廃車時期
 (1) 21系の廃車はどの編成からいつ頃始まっているのか。
   (2) 時期をずらしながら百変化。長沼工場の改造技術力維持のため、繰り返し小改造をしていたのだろうか
 (3) 取り外したガラス窓を長期に保存、蔵出しして使い廻しをしたのか等々
 (4) 何回か異なる形の前面ガラスを入替えた車両は、そうないのではないだろうか?  
 (5) 時期が間違っているところがあるとは思いますが、数字見出しの改造の事実はあったようです。
 この項のご指摘をいただいたり、気がついたら直しますのでよろしくお願いいたします。
 ご教示頂ける場合、こちらからメールをお願いします。静岡鉄道に関して

モハ21形25
 ↑21系最終編成25F。車体の裾は直線。方向幕無し。 リコー6×6判のレンズシャッターは1/100なのであっさり流れる。
静岡鉄道モハ21形24
 ↑24F。23,24Fは連結器関係で骨組み自体を下げ、車端が下がっている。自連の形式が違い、流用品に合わせるカスタムメイド。
静岡鉄道モハ21形21  静岡鉄道21系25号
 ↑21F 新製時前面ガラスの上部のRが下部にも付いていた。
  方向幕が無い。
↑25F。運転台が灼熱地獄?動物の鼻のように通風口が開く 
 ■21系をはじめ、貴重な静岡鉄道を掲載サイトのご紹介(順不同) リンクをご快諾いただきましたことに御礼申し上げます
 →月影様ホームページ「THE電車」サイト内「中小私鉄」→「静岡鉄道」にてサイト内は貴重で素晴らしいカラー写真多数です。 
  →思いで鉄道探検団様 湘南フェース探検団→03年8月2回目
  →M.TADA様サイト(画像提供)→汽車・電車1971〜 サイト内に多数のよき時代の貴重な画像がアップされておられます。
 →む〜様 →静岡鉄道駿遠線併設→静鉄電車館  静岡鉄道静岡線、駿遠線の多数の貴重な画像と資料満載です。
静岡鉄道300系302 静岡鉄道100形103
 ↑300形 1968(S43)5月修学旅行の167系の窓からショット  ↑左に同じ100形。左の300系とともに、各窓の大きさ形状に注意。
静岡鉄道100形109
 ↑両運転台で登場した100形だが107以降2両固定で登場。109+110は連結面にパンタを搭載。1970.07撮影
静岡鉄道100形110
↑貫通時代の110+109 1970.07撮影
静岡鉄道100形101非貫通化工事中
↑101号の非貫通化工事中。どうも様々な前面窓のガラスの流用を考えていたフシがある。1970.07撮影
静岡鉄道モハ100形101非貫通
 ↑非貫通化工事の際、中央のガラスのRが大きいのが特徴。貫通時代の左側の窓を流用した気もするが。芸が細かい1977.05撮影 モハ101
静岡鉄道モハ100形107非貫通
  ↑1977.05撮影 モハ107
静岡鉄道モハ100形108非貫通
 ↑1977.05撮影 モハ108
静岡鉄道モハ100形109号床下
 ↑1977.05撮影  モハ109床下廻り
静岡鉄道クモハ109台車
  ↑1977.05撮影
静岡鉄道モハ302シルバー塗装青帯
  ↑1977.05撮影 300系は銀色になった。1000系が導入されたのでステンレスカーに近い高性能車をアピールするために塗色変更したのか?
静岡鉄道303、109並び
  ↑303号はワイパーの駆動の軸穴を通すため、今までの凹ガラスからの特注費を削減したのか完全小窓化した。1977.05撮影モハ303と109前面
 FS303台車
  ↑1977.05撮影 FS363
静岡鉄道301Fシルバー青帯塗装急行
  ↑1977.05撮影 301号
静岡鉄道1000系1002
 ↑1977.05撮影 
静岡鉄道1000系クハ1501、1503
  ↑1977.05撮影 クハ1501と1503の並び
静岡鉄道1000形1007非冷房時代
  ↑1977.05撮影  1007F
静岡鉄道長沼車庫
↑タイトル写真がハーフのカラー。こちらは6×6切り出しの構図。1970.07撮影 長沼車庫
静岡鉄道モハ20
↑元鶴見臨港の車両。行き先板は付けていたものの、入換車として使用されていたようだ。1970.07撮影 デハ20形
静岡鉄道デワ1
  ↑デワ1形 新清水方
     貨車と一緒に。秋葉線のような情景。貨車は鋼製、デワはほぼ木製の妙。バッファの高さが両車合わないような。1977.05撮影
静岡鉄道デワ1形新清水方前面
  ↑  デワ1形 どう見ても鉄板を使ったところが無いように思えるが・・・。1977.05撮影
静岡鉄道デワ1形新静岡方前面
  ↑デワ1形新静岡方 1977.05撮影
静岡鉄道清水市内線モハ58
 ↑静岡市内線 モ58+59の2両連結改造車     1970.07撮影
 岳南電車2016 静岡鉄道2016   ・  静岡鉄道駿遠線 
修善寺虹の郷 ロムニー鉄道
岳南鉄道(昔旅客車編) 岳南鉄道の機関車今昔  静岡おでんと由比の桜エビ
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 ※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所
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