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 パンタと信号機の素晴らしいかぶり具合
 本稿作成に当たり鉄道ピクトリアル私鉄車両めぐり特輯第10分冊「弘南鉄道」白土貞夫様著、
 No.477 「弘南鉄道」今井琢磨様著、朝日新聞社刊世界の鉄道1975、wiki(富士身延鉄道、
 鶴見臨港鉄道)を参考にさせて頂きました。御礼申し上げます。
 
■大鰐線は昭和27年1月26日に三菱電機が路線の建設、電気設備の納入を請け負って開業した。
 しかし、弘前電気鉄道は沿線人口と流動旅客の少なさから経営は不振を極め、弘南鉄道に
 1970(S45)10.1救済合併され、弘南鉄道大鰐線として再出発した。
 敷設時の計画では、当時の商業の中心地として栄えた土手町周辺の繁華街及び大鰐温泉への
 旅客獲得を狙ったようだが、計画した延長線も含め、沿線人口は希薄で自動車が主流で国鉄線
 とも平行し、経由地は田畑中心の小集落、市街地では駅数が少なく、開業当初から苦戦する
 構図の路線である。
 ☆現況・路線等について→こちら
 
モハ2231形2233+クハ1260形1267
 ↑富士身延鉄道出自のモハ2250形 ホームの接近表示灯
弘南線からの転属車として
  弘南鉄道は弘前~津軽尾上間(当時の終点)を1948(S23).7.1に600V電化し、1954(S25)7.1に750Vに昇圧した。
  その間、1950(S25)7.1には津軽尾上~黒石間を開業させている。
  1961(S36)9.1に架線電圧を再度1500Vに昇圧し、当初の対応車両を西武鉄道から調達した。下記
※1注
  この中に富士身延鉄道のモハ100形、110形を出自とする4両の2250形が在籍した。

 東急6000、7000形の転入による余剰廃車まで活躍した。
  富士身延鉄道出自で同様の履歴を持つクハニも3両在籍して大鰐線に転属したが、写真が無いので省略
■弘南入までの形式番号遍歴と弘南での稼働状態 
 富士身延鉄道が昭和2年1500V電化あいた際に1927~8(昭和2~3年)にかけて新製された車両で下記の車両が弘南入りした。
 全車、国鉄時代の1951年(S26)以降に2エンドの運転台を撤去、貫通路と貫通扉を取り付け。 

弘南2250号:富士身延モハ112(1928(S3)新潟鉄工製)→国鉄モハ9307→国鉄モハ1207→1959(S34)2.5認可入線(※1)1981年廃車
以下の3両は1927(S2)日車製。
3扉化使用開始年1961(S36)←世界の鉄道'75による。
※1965(S40).7.1届、全車ロングシート化
※1975(S50).11.全車4両が大鰐線に転籍
2251号:モハ102→国鉄モハ9302→モハ1202→1961年(S36)3.17認可3扉化入線 →1982(S57)
クハ2251→1988(S63)廃車
     ※電動車時代に阪和モヨ出自のモハ2025の台車を履いている写真がある。(世界の鉄道’75)
     ※同書の1974(S49)調べの諸元表ではD16となっている
2252号:モハ103→国鉄モハ9303→モハ1203→1961年(S36)3扉化入線→1988(S63)廃車

2253号:モハ104→国鉄モハ9304→モハ1204→1961年(S36)3扉化入線→1988(S63)廃車
 僚 車 (再掲)
琴電1201号 富士身延鉄道モハ102→国鉄モハ9302→モハ1202→1958(S33)入線
越後交通モハ5001※両運化(西武所工1500V昇圧工事輸送中)
 富士身延鉄道モハ111→国鉄モハ9306→モハ1206→1960(S35)両運転台復活工事後入線 
 ↑クハ201形(元小田急クハ1459)を相棒に2250形が弘南中央に向かう
元小田急クハ1459は1970(S45)に弘南鉄道にお輿入れ。
 ↑奥羽本線を石川陸橋で乗越し、海抜が高い大沢集落に至る→石川陸橋の変化について 
↑拡大してみたら、ア~タ、モハ2250+クハ205でね~の。 
クハ205は出自が鶴見臨港鉄道モハ100形モハ101~110のうちの108号
 1940(S15)に全車モハ110形に改番、モハ118号に。
 
1943(S18)国有鉄道化され、600Vで稼働していたが、1948(S23)5.1に
 1500Vに昇圧されたため、3両が払い下げられた。
  101→上毛、
  105→銚子、
  110 (1945.8.1空襲被弾で使用不能)→北恵那デ8

 1953(S28)形式称号変更でモハ1500形1500~1505に変更された。
 103→113→1500→静岡鉄道 モハ20
 104→114→1501
 106→116→1502
 107→117→1503
 
108→118→1504
 109→119→1505
1504の弘前電鉄入りまで
 1958(S33)上田丸子電鉄モハ4256→1972(S47廃車)
 →1973(S45)弘前電鉄モハ111→1974(S46)クハ205→廃車
 
僚 車 (再 掲)アチコチ関連ページ貼り付けてまして・・・。
 ↑静岡鉄道モハ20(鶴臨103) ↓北恵那鉄道デ8(鶴臨110)
↑モハ2231形2333 
元西武モハ235で。出自は武蔵野鉄道5550形5554として1928(S3)川崎造船所製
2扉クロスシート車であったが、モハ231形に形式変更235号となった。
1954(S27)2月以降に窓配置変更を伴う3扉化及び片運転台化、後に細幅貫通路を他車と同規格
の貫通幅としてクハと貫通連結出来るよう改造された。
S37.6弘南入の際、客用扉の半自動化、ステップ撤去を行った。
その後の改造は1964(S39).5.16認可で車内放送装置を設備したが、これは弘南初であった。
以降、特に改造は無く、弘南線で活躍後、大鰐線に転籍、相手のクハを変えながらステンレス車
順次導入まで活躍した。
 
  ↑左の黄色いビニールカバーはラッセル君が大事に保管されていた証なのか?
  大鰐駅のホームは4・5番線となっている
↑モハ105 
大正12年3月に秩父鉄道の木造電動車デハ14(梅鉢鉄工所製)を1953(S28)9月に
譲受、同年11月に電気品を更新したのだが、実際は書類上の記載で輸送途中に
日車東京に入場。ストック品を取付けて同年12月に就役したのでは?と疑う店主。

1987(S34)には大栄車両に送られてバス窓の半鋼製車体になった。
 ↑↓使い物にならない床下機器のお写真おば・・。床鋼体の梁が見えている
 ↑(1)エンド側と言っても・・・。
モハ107の廃車体 
秩父鉄道デハ51をS41に譲受した。 
↑モハ108 
 京急400形の車体ガラを西武所沢リサイクルセンター工場でストック下回りを整備取付けし、弘前電気鉄道が購入
 S43.2.5付で入線した。
 ※西武所沢工場が京急400形を購入する際、車体番号は取り外され、チョークで元車号をテールランプ付近など
 に書いてあった程度。
 書類上は西武が新車として製作し、伊予鉄道、流山電鉄に新車(書類上)として売却された。
 近江鉄道も生ガラを回してもらい書類上新製扱いをした。
 故に「新製」のため、京急時代の車体番号は書類上一切継承されていない。
 ↑反対側 ↓ベンチレーター
クハ1260形1266 
一目で判るカワゾー。
元西武モハ561→クハ1151形1160→
1266,1159→1267
1964(S39).6に弘南鉄道入 

※鉄道誌にこの番号関係の出自が入り組んでいるので簡潔に記載しました(調査続行中)
 ↑ポジで床下真っ黒黒助床下を3.5mmBWネガからナントカ明るく・・。
 ↑大鰐駅留置線で解体待ち状態
↑モハ1122 
 ↑モハ1527+1524 
 南海昇圧対応で生き延びた1521形。1995年7月、弘南鉄道に8両譲渡された。
大鰐線には片運転台の1527、両運の1524の2両が入線した。本来1521形は片運転台だが
偶数号車のは両運化されて南海のローカル運用に入れるように改造されていた。
さて、何故、このような20m車が弘南鉄道に入線したのか店主的には非常に疑問だらけ。
1988年に大鰐線に東急の7000形カルダン駆動のステンレス車、6000系直角カルダン車
が既に配属されて8年も経過している時期に吊掛でお輿入れ。
予備車が少々足りないとしても不思議。
店主は弘南線で「快速」運用に入っている1本を見ただけで、後は車庫で荒廃していた。
2008.8.27全車一括廃車届
 ↑↓モハ1524
 ↑稼働している様子は全く無かった。
 6000形→こちら別建てページ
 7000形
 7031-32
1988年(S63)に東急から7031-7032,7033-7034,7037-7038,7039-7040の2連4本が譲渡された。
同時に6000形6005-6006も入線し、一気に大鰐線の車両が新性能化された。
60007-6008は翌年秋、弘南線7000形譲渡車両と一緒に入線して運用は7000系が主体、快速運用を
6000形が担う形となった。 
 大鰐線 7000形番号順掲載
 ↑7033-34
 
 
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※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所  
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